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「悲願」の値段――高市政権が示すべき三つの覚悟

高市早苗首相は今年1月、衆議院の解散を表明した際、食料品への消費税ゼロを「悲願」と呼びました。政治家がある政策を「悲願」と口にするとき、そこには個人の信念と国民への責任の両方が込められているはずです。しかし2月26日、「社会保障国民会議」の初会合はわずか15分で終わりました。「思い切ってやりましょう」と呼びかけたその言葉の重みを、高市首相は理解しているのでしょうか。

言葉の変遷が示すもの

高市首相の消費税に関する発言を時系列で追うと、移り変わりがはっきりと浮かんできます。2025年5月には「食料品の消費税率は0%にすべきだ」と明言しました。ところが同年9月の総裁選では「物価高対策としての即効性はない」と軌道修正し、11月には「レジシステムの改修に時間がかかる」と慎重な姿勢を見せました。それが翌1月の解散表明後には一転して「悲願」という言葉が復活し、衆院選の公約には「検討を加速する」という言葉が書き込まれました。

この変遷を「政策の練り直し」と好意的に解釈することもできます。しかしそうであれば、なぜ選挙直前に「悲願」という最上級の言葉を使ったのか。有権者への約束として最も重い言葉を掲げながら、選挙戦中はほとんど口にせず、勝利の翌日には「国民会議で議論」という言葉に移行する——この落差は、政策の進化ではなく、政策の後退を示しているように見えます。

選挙公約は民主主義における契約です。「悲願」と言い切った政治家が、なぜ勝利の翌日には「検討を加速」という曖昧な言葉に変わるのか。まずこの問いに、首相自身が正直に答える必要があります。

たたき台なき会議という矛盾

「社会保障国民会議」という名称は与野党が対等に話し合う場を連想させます。しかし実態は、政府・与党が議論の起点となる案を一切示さないまま発足した協議体です。

本来、政策立案の常道は「与党が素案を示す→国会で審議する→修正・可決する」という順序をとります。中道改革連合の小川淳也代表が「まずは与党が諸課題を整理し、国会で議論するのが常道だ。なぜ国民会議なのか」と問うたのは、この原則を指摘したものです。

衆院465議席のうち316議席、戦後初めて単独で3分の2を超える議席を持つ政党が、なぜ自らの案を提示できないのか。議席数が多いほど政策実現への責任は重くなるはずです。ところが今回は、その巨大な議席を背景に「みんなで考えましょう」という形式をとることで、むしろ責任を分散しようとしているように見えます。

与党が案を先に出せない理由は二つ考えられます。一つは財源の裏付けが固まっていないという実態的な問題。もう一つは、先に案を出せば財源の穴や制度設計の矛盾を国会で徹底追及されるという政治的計算です。どちらであれ、本気で国民のために実現しようとする者の姿勢とは言えません。

5兆円の空白に向き合う覚悟

食料品消費税ゼロは、年間約5兆円の税収減をもたらします。首相は「赤字国債は使わない」と明言し、補助金や租税特別措置(特定産業への税制優遇)の見直し、税外収入で財源を賄うとしています。しかし、ガソリン・軽油の暫定税率廃止や高校無償化の安定財源でさえ確保できていない現政権が、さらに5兆円の財源を捻出できるのか。経済官庁関係者の間でも「困難」という見方が支配的です。

「本気でやる気があるなら、財源の具体名を出すことが最初の一歩です」——この当然の要求に、首相はまだ答えていません。補助金削減であれば何をどれだけ削るのか。どの業界の既得権に手をつけるのか。それを国民に示すことこそが、「悲願」を掲げた政治家の責任です。財源議論を国民会議に委ねるということは、最も困難な政治的判断を丸投げすることに他なりません。

2年間のあとに何があるか

首相は「2年間限定のつなぎ措置」という言葉を繰り返します。給付付き税額控除(低・中所得者に対して所得税の控除と現金給付を組み合わせる制度)が整備された後に消費税率を元に戻す、というのが建前です。しかし2年後に食料品の消費税を8%に戻すことが、政治的に可能でしょうか。

消費者にとって「元に戻る」とは「値上がりした」と同義です。2028年夏には参院選が控えており、与党は延長を迫られることになります。過去に消費税率の8%から10%への引き上げが二度延期された経緯を想起すれば、「2年間限定」という言葉の信頼性は高くありません。

本気で国民のために実施するなら、2年後の出口戦略まで含めた設計を示すことが誠実さの証です。給付付き税額控除への移行スケジュールを具体的に示さないまま「つなぎ」と言い続けることは、実質的に「恒久的な制度変更への第一歩」を、国民に対して正直に語らないまま踏み出すことになります。

本気であれば、三つの覚悟を見せてほしい

首相が「悲願」という言葉を本物の信念として語ったのであれば、今からでも遅くはありません。次の三つの覚悟を行動で示すことができます。

第一に、自民党自らがたたき台を示すことです。財源の具体名、レジシステム改修への移行支援策、外食の取り扱い、地方自治体への財源補填の方法——これらを与党案として国民会議に先駆けて提示する。それが政策を真剣に考えてきた者のとるべき姿勢です。

第二に、給付付き税額控除への具体的なロードマップを示すことです。所得・資産の正確な把握のためのマイナンバー活用強化、制度設計の工程表、担当省庁の体制整備——「つなぎ」と呼ぶからには、その先に何がいつ来るかを明示しなければなりません。出口のないトンネルに国民を誘い込んではなりません。

第三に、国会審議という正面の場で問われる覚悟を持つことです。国民会議は国権の最高機関ではありません。参政党や共産党を最初から除外し、「条件に同意する者だけ」が集まる協議体で生まれた結論は、民主的な正統性において脆弱さを免れません。衆参両院の国会審議で与野党全党を相手に問われてこそ、政策は本物の重さを持ちます。

「悲願」とは何だったのか

夏の中間取りまとめまで残り数カ月。この間に三つの覚悟が示されなければ、「悲願」という言葉は選挙向けの言葉として歴史に記録されることになるでしょう。

給付付き税額控除を巡る議論は、2000年代から幾度となく俎上に上がりながら、所得把握の困難さを理由に先送りされてきた長年の懸案です。「長いこと放置されてきた問題だ」と首相自身が初会合で認めた通りです。だからこそ、本気で動くなら今しかありません。

「悲願」という言葉の値段を、行動で支払う時です。

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