SHARE:

「責任ある積極財政」という幻想――市場が突きつけた「悪い金利上昇」の警告

「強い経済」の美辞麗句と現実のギャップ

2025年11月21日、高市早苗首相は総合経済対策の記者会見で、こう宣言した。

「行き過ぎた緊縮財政により国力を衰退させることではなく、積極財政により国力を強くすることでございます」

一般会計で17.7兆円、減税効果を含めれば21.3兆円、民間資金を含む事業規模では42.8兆円——コロナ禍以降で最大となる経済対策の発表である。首相の口調には、長年の「緊縮」路線を転換し、日本経済を再生させるという強い意志が滲んでいた。

だが、政府が経済対策を発表したその前後、金融市場は全く別のメッセージを発していた。長期金利(新発10年物国債利回り)は20日午前に1.8%に達し、21日には1.835%まで上昇、2008年6月以来17年半ぶりの高水準を記録した。為替市場では円が対ドルで157円台後半まで下落。政府が「強い経済」を演出しようとするその瞬間に、市場は「財政への不信任」を突きつけていたのである。

「成長なくして財政再建なし」——政府のロジックの構造

高市政権の経済政策は、明確な理論的基盤の上に成り立っている。その中核にあるのが「成長なくして財政再建なし」という命題だ。

会見で首相は、IMFの指摘を引きながら次のように説明した。「成長なくして財政の持続可能性は維持できません。次の世代のためにも成長する経済により、企業収益の改善と賃金上昇に伴う個人所得の増加という経済の好循環による税収増を通じて、財政の持続可能性を実現しなくてはなりません」

このロジックは一見、合理的に見える。財政出動→経済成長→税収増→財政健全化、という好循環である。半導体産業への3兆円近い支援も、インフラDXへの投資も、すべて「将来の成長基盤」を築くための「戦略的投資」だと位置づけられている。

しかし、この理屈には致命的な前提がある。それは「市場がこのシナリオを信じてくれる」ということだ。

市場が下した審判——「悪い金利上昇」という警告

金利上昇には二つの顔がある。

一つは「良い金利上昇」だ。経済が力強く成長し、企業の資金需要が高まり、インフレ期待が適度に上昇する。こうした状況では、金利が上がっても株価も上がり、経済全体が活況を呈する。アメリカが経験してきたのは、まさにこのパターンだ。

もう一つは「悪い金利上昇」である。財政規律への懸念から国債が売られ、通貨の信認が揺らぎ、金利が上昇する。この場合、金利上昇は経済成長の証ではなく、財政危機への警告シグナルとなる。

11月20日から21日にかけて起きたのは、明らかに後者である。

明治安田総合研究所の小玉祐一氏は、「ここ数日の国債利回り上昇の速さは、市場の動きの怖さが垣間見えるもの」と指摘している。補正予算の規模が報じられた直後から金利が急上昇したタイミングは、市場が何に反応したかを雄弁に物語っている。

さらに深刻なのは、金利上昇と同時に円安が進行したことだ。通常、国内金利の上昇は通貨高要因となるはずだが、今回は逆である。これは市場が「日本の財政規律喪失=通貨の信認低下」と読んでいることを意味する。

株価、国債、為替が同時に下落する「トリプル安」の兆候——それは、かつてアジア通貨危機や南欧債務危機で見られた財政危機の前兆と酷似している。

「積極財政」がもたらす自縄自縛

政府は「国民生活を守るため」と強調するが、皮肉にも、その政策自体が国民生活を直撃し始めている。

第一に、住宅ローン負担の増加だ。 長期金利が2%に近づけば、変動金利型住宅ローンの利用者は返済額の大幅な増加に直面する。政府は「手取りを増やす」と言いながら、金利上昇によって可処分所得を奪う結果になる。

第二に、中小企業の資金調達コストの上昇である。 日銀が金融引き締めを進める中での財政拡大は、民間企業と政府が資金を奪い合う「クラウディングアウト」を引き起こす。賃上げ原資を確保できない中小企業は、政府が推進する「賃上げの流れ」から取り残される。

第三に、円安による輸入物価の高騰だ。 157円を超える円安は、エネルギーや食料品の価格を押し上げる。政府は電気・ガス料金への補助金を再開するとしているが、それは円安という「病因」を放置したまま「対症療法」を繰り返すだけだ。補助金を出せば財政はさらに悪化し、それがまた円安を招く——悪循環である。

ガソリン税廃止——目先の「痛み止め」か、長期的な政策の矛盾か

今回の補正予算で最も注目を集めたのが、ガソリン税の暫定税率廃止である。

この政策には明確なメリットがある。リッター当たり25.1円の減税は、平均的な利用者(年間約480リットル使用を想定)に年間約1.2万円の負担軽減をもたらす。ガソリン価格の高騰に苦しむ国民、特に公共交通機関が乏しい地方・郊外の住民にとって、これは実感できる支援だ。

国民民主党の玉木雄一郎代表が主張する「手取りを増やす」という観点からすれば、即効性のある政策と言える。政府の物価高対策が「絵に描いた餅」に終わることが多い中で、ガソリンスタンドで直接価格が下がる様子を目にできるこの施策は、分かりやすい。

しかし、問題は中長期的な視点である。

年間1.5兆円の恒久的な税収減を生み出すこの措置は、政府が同時に掲げる「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」政策と真っ向から対立する。経団連の十倉雅和会長が指摘するように、「安価な化石燃料価格を国費で維持することは、省エネ投資へのインセンティブを削ぐ」のだ。

欧州では逆に、炭素税の導入によって化石燃料の価格を意図的に引き上げ、再生可能エネルギーへの転換を促している。日本も2050年カーボンニュートラルを国際公約として掲げている以上、本来ならば同じ方向に進むべきだろう。

ところが現実には、脱炭素を掲げながら化石燃料を補助し、財政再建を目指しながら恒久減税を行う——このダブルスタンダードが、市場に「日本政府には長期的な戦略がない」というメッセージを送ってしまっている。

短期的な政治的圧力に屈して、長期的な国益を損なう。この構図こそが、金利上昇と円安という形で市場に懸念を与えている最大の要因かもしれない。

目先の「1.2万円の減税」は確かに国民を喜ばせるだろう。だが、その代償として失う「1.5兆円の財源」と「政策の一貫性」は、より大きな問題を将来に残すのではないか。

「国力を強くする」はずが、通貨の信認を毀損する皮肉

高市首相が繰り返す「国力を強くする」という言葉は、聞こえは良い。だが、国力の基盤は何か。それは単にGDPの数字ではない。財政の持続可能性であり、通貨の信認であり、市場からの信頼である。

21.3兆円の経済対策は、確かに短期的には需要を押し上げるだろう。だが、その財源の大部分は新たな国債発行、つまり「将来世代への借金」である。高市首相は「補正後の国債発行額は昨年度を下回る」と強調するが、それは当初予算との合算値であり、国債依存度が高止まりしている事実は変わらない。

政府総国債残高の対GDP比は約236%に達し、先進国で最悪の水準だ。この状況で更なる大規模財政出動を行えば、市場が「日本は本気で財政再建を諦めた」と判断するのは当然である。

そして、通貨の信認が失われれば、どれだけ補助金をばら撒いても物価高は止まらない。輸入大国である日本にとって、円安は致命的だ。「国力を強くする」はずの借金が、逆に通貨を弱め、国民生活を苦しめる——これこそが「自縄自縛」のパラドックスではないか。

「麻酔」を打ち続ける政治の限界

少数与党という政治的制約の中で、高市政権は野党の要求を飲まざるを得なかった。その結果生まれたのは、各党の「欲しいものリスト」を積み上げただけの、戦略なき膨張予算である。

ガソリン税廃止、「103万円の壁」見直し、電気・ガス補助——これらはすべて、国民の「痛み」を一時的に和らげる「麻酔」だ。だが、麻酔では病気は治らない。日本経済が必要としているのは、規制改革、労働市場の流動化、社会保障制度の抜本改革といった「手術」である。

しかし、痛みを伴う構造改革は、少数与党には不可能だ。結果として、日本は「補助金なしでは生きられない体」になりつつある。それは、真の意味での「国力の衰退」ではないだろうか。

市場は嘘をつかない

政治家は美辞麗句を並べ、官僚は精緻な資料を作る。だが、金融市場は忖度しない。

11月20日から21日にかけての長期金利1.835%、円相場157円台という数字は、市場からの明確なメッセージである。「このままでは持続不可能だ」と。

高市首相は会見で、「マーケットからの信認を確保してまいります」と述べた。だが、信認は言葉では得られない。それは、実際の政策の整合性と、財政規律への真摯な取り組みによってのみ獲得できるものだ。

「責任ある積極財政」——この言葉が幻想に終わるか、それとも本当に日本経済を再生させるのか。その答えを下すのは、政治家でも官僚でもない。冷徹な市場の審判なのである。

あなたへのおすすめ