お米券という「中抜き装置」——高市政権が守りたいのは農家か、それとも利権構造か
2025年11月、スーパーのコメ売り場で、私たちは信じがたい光景を目の当たりにしている。 5キログラム4,235円。 前年同月比で23%もの高騰だ。生活防衛に必死な私たちに対し、高市早苗政権が提示した答えはあまりに的外れだった。「低所得者や子育て世帯には、お米券を配ります」。
ちょっと待ってほしい。「券」? なぜ現金ではなく、わざわざコストのかかる「券」なのか。その疑問を突き詰めると、この国の農業政策にはびこる深い闇が見えてくる。
繰り返される危機、学習しない政治
記憶に新しい2024年夏。「令和のコメ騒動」と海外メディアに揶揄されたあの時、店頭からコメが消え、「お一人様1袋まで」の貼り紙が日本中を覆った。猛暑やインバウンド需要はあくまで引き金に過ぎない。真犯人は、半世紀以上も減反政策(生産調整)を続け、供給を需要ギリギリまで絞り込んできた政府の失策だ。
2025年春、当時の石破茂首相は備蓄米放出という「劇薬」で一時的に価格を4,000円以下に抑え込んだ。しかし、それは抜本的な治療ではなかった。10月に発足した高市内閣の下、鈴木憲和農林水産大臣が就任すると、魔法は解け、価格は再び上昇気流に乗った。 そして出てきたのが、この「お米券」である。
なぜ現金給付ではダメなのか——消える数百億円
支援自体に異論はない。問題はその「手段」だ。 今回の政策は、困窮世帯だけでなく子育て世帯なども対象とする大規模なものだ。実際、先行する東京都台東区や兵庫県尼崎市などの自治体では、すでに全世帯への配布を実施した事例がある。
現金給付なら、既存の口座振込システムを使えば済む。マイナンバー紐付けが進んだ今、追加コストはほぼゼロだ。しかし「お米券」は違う。
- 紙なら:特殊印刷、配送、回収
- 電子なら:アプリ開発、システム維持、加盟店手数料
印刷会社、ITベンダー、広告代理店、コールセンター……。対象が「全世帯」へと無差別に広がれば広がるほど、システムは複雑化し、そこに群がる業者が増える。 仮に予算が数千億円規模だとして、事務経費で10〜20%が消えるとすれば、数百億円単位の税金が、国民ではなく中間業者の懐に入る計算だ。
経済学ではこれを「死荷重(デッドウェイト・ロス)」と呼ぶ。非効率な制度設計のせいで、社会全体の資源が無駄に失われることだ。あえて非効率な道を選ぶ理由は一つしかない。「お米券」とは、弱者救済を名目にした新たな公共事業(=利権)なのである。
JAという「見えない主役」への配慮
なぜ政府は、素直に「増産」をして価格を下げる政策をとらないのか。 その答えの一端は、**JA(農業協同組合)**のビジネスモデルにある。
JAは農家のコメを集荷・販売し、その手数料で稼ぐ組織だ。コメの単価が高ければ高いほど、JAの実入りは増える。 キヤノングローバル戦略研究所などの分析が指摘するように、日本の「高米価維持政策」の背後には、強固な集票マシンを持つ農協組織への政治的配慮が見え隠れする。
もし政府が欧米流の「直接支払い(農家の口座へ現金を直接補填)」へ舵を切ればどうなるか。 農家は価格変動に怯えることなく、安心して増産できる。消費者は安くコメが買える。しかし、そこには「JAによる中抜き」の余地がない。JAにとって、農家が自立することは組織の弱体化を意味するのだ。
「お米券」は、この構造を温存する最適解だ。 券は政府指定の小売店(多くはJAルート)でしか使えない。つまり、「高いコメ」を流通させる既存ルートを税金で買い支える仕組みなのだ。
世界標準から周回遅れの日本
- EU(欧州連合): 1990年代から価格支持を撤廃し、直接支払いへ移行。価格が下がっても農家の所得は補償される。
- 米国: 価格が基準を下回った時のみ発動する保険型システム。
世界はとっくに「価格は市場に任せ、所得は政府が守る」方式に転換している。 対して日本は、OECD(経済協力開発機構)の統計でも突出して「価格支持(消費者に高く買わせる)」への依存度が高い。日本の農家は「豊作貧乏」に怯え、消費者は「高値」に苦しむ。誰も幸せにならないシステムを、日本の政治だけが守り続けている。
あなたの投票が「中抜き」を止める
鈴木農水相やお米券政策を推進する政治家はこう言うだろう。「農家を守るためだ」「確実に食料を届けるためだ」。 だが、その言葉の裏にある本音を見極めるべきだ。
- 現金給付では、中間業者が儲からない。
- 直接支払いでは、農家への「恩売り」ができなくなる。
お米券は、高熱(供給不足)に苦しむ患者に鎮痛剤(券)を配るだけの対症療法だ。病巣(減反と流通構造)を切除しない限り、来年も再来年も、私たちは「4,000円超えのコメ」を見せつけられることになる。
次の選挙で、候補者にこう問いかけてほしい。 「なぜ、現金給付ではダメなのですか?」
その答えに詰まる政治家、あるいは「目的外使用を防ぐため」などと些末な理由を並べる政治家は、国民の生活よりも「利権」を見ている可能性が高い。 日本が普通の国になるために必要なのは、新しいクーポン券ではない。古い利権構造を断ち切る、有権者の賢明な一票である。


