「お米券でパスタも買えます」発言に見る農政の迷走ぶり――鈴木農相の方針転換で政策効果は消失へ
政策目的はどこへ消えた?
鈴木憲和農相が11月28日の閣議後記者会見で、なかなか興味深い発言をした。総合経済対策に盛り込まれた「お米券」について、何を買えるかは「民間のそれぞれの考え方に任せたい」と述べたのだ。
つまり、お米券でパスタや菓子も買えるようにする、ということらしい。
ちょっと待ってほしい。これ、最初は何のための政策だったのだろうか。
当初の説明では、米価上昇による消費者負担を軽減し、米離れを抑えるための施策だったはずだ。ところが今や「食料品全般に対する支援」という位置づけに変わっている。
お米券でパスタが買えたら、それはもう米価対策ではない。看板に偽りありというか、最初から看板を掛け違えていたというべきか。
「民間に任せる」という責任放棄
もっと問題なのは、鈴木農相の「民間に任せる」という姿勢だ。
政策の効果を誰が検証するのか。税金を使った施策なのに、その使われ方を「民間の判断」に丸投げするというのは、政策立案者としての責任を放棄しているに等しい。
全国米穀販売事業共済協同組合(全米販)によれば、小売店の判断で米以外にも使えるとのこと。実際、一部のドラッグストアでは「お米以外の商品にもご利用いただけます」とアピールしているそうだ。
これでは、米価上昇対策の効果は薄まるどころか、ほぼゼロになる可能性すらある。
お米券の根本的な問題点――500円が440円になる非効率
そもそも、このお米券という仕組み自体に大きな問題がある。
まず、効率が悪い。500円で販売して440円分の米にしか交換できない。差額の60円(12%)は、偽造防止の特殊加工や印刷代、配送費、事務手数料などに消えていく。
税金を使った支援策なのに、支援額の1割以上が中間コストで失われるのだ。
さらに、転売市場の存在も無視できない。米を買わない世帯が金券ショップで換金すれば、さらに価値が目減りする。政策効果がどんどん薄まっていく構造になっている。
自治体によっては、お米券の配布に数億円の事務コストがかかるという。これだけのコストをかけて、本当に効果的な支援になっているのだろうか。
デジタル給付という選択肢はなかったのか
ここで素朴な疑問が湧く。なぜデジタル給付やマイナンバーを活用した支援を検討しなかったのか。
政府は散々マイナンバーカードの普及に力を入れてきた。銀行口座との紐付けも進めている。それなのに、いざ給付となると紙の商品券というアナログな手法に頼るのは、どういうことなのか。
電子クーポンやデジタル給付なら、事務コストは大幅に削減できるし、使途の制限も柔軟に設定できる。500円支給したら500円分使えるという、当たり前のことも実現できる。
なぜそうしないのか。答えは簡単だ。全米販など既存の組織が関わる仕組みでなければ、農政族議員や関係団体にとって「うまみ」がないからだろう。
前政権との整合性はどうなった――増産から生産調整へ180度転換
さらに気になるのが、前政権との政策の一貫性だ。
石破茂前首相と小泉進次郎前農相は、米価高騰に対して「増産にカジを切る」と明言し、実際に備蓄米の放出も実施した。消費者の負担軽減を最優先に考えた政策だった。
ところが鈴木農相は10月22日の就任会見で、「価格はマーケットの中で決まるべき」「価格にコミットしない」と発言。増産にも慎重姿勢を示し、実質的に生産調整(減反政策)の継続を示唆した。
わずか1ヶ月で、農政の方向性が180度転換したのだ。
高市政権が掲げる「食料安全保障」との整合性も疑わしい。食料安保を強化するなら、国内生産を増やすべきではないのか。それなのに生産調整を続けるというのは、矛盾している。
タイミングも完全に外している――需給緩和局面での米価対策
実は、お米券政策が発表された頃には、すでに米の需給は緩和局面に入っていた。
新米の売れ行きは伸び悩んでおり、産地や流通業者は消費喚起に苦労している状況だ。米価も下落傾向にある。
つまり、米価対策としてのお米券は、タイミングを完全に逸している。必要なときには何もせず、状況が改善し始めてから慌てて対策を打つ。これでは後手後手の典型だ。
全米販も「物価高騰対策の面では副次的な効果かもしれない」と認めつつ、「国産米需要が高まることに期待している」と述べている。つまり、米価高騰への対策効果は限定的だが、米の消費拡大には寄与するかもしれない、ということだ。
これは何を意味するのか。当初の政策目的である「米価上昇による消費者負担の軽減」は、もはや主目的ではなくなっているということではないか。
自治体は本当にお米券を選ぶのか――メニュー方式の落とし穴
ここで見落とせない問題がある。この交付金は「メニュー方式」と呼ばれる仕組みで、国が「このメニューの中から好きなものを選んで使ってください」とお金を渡すものだ。
農林水産省は「お米券」を強く推奨しているが、自治体側には「地域の実情に合わせて判断する」という裁量権がある。つまり、お米券を使うかどうかは、自治体次第なのだ。
では、自治体は本当にお米券を選ぶのだろうか。実は、多くの自治体が導入を見送る可能性がある。理由は3つだ。
第一に、事務コストと手間の問題
これが最大の理由だろう。
紙の券を印刷し、封入し、全世帯に郵送し、換金業務を行う。これには膨大な事務費と人手がかかる。「10億円配るために2億円の経費がかかる」ような非効率さだ。
財政が厳しい自治体の首長にとって、こんな無駄は許容しがたい。事務負担が少ない既存口座への振込などを選ぶ方が、はるかに合理的だ。
第二に、不公平感の問題
お米を食べない家庭はどうなるのか。パン派、麺派の家庭も少なくない。お米農家で自分で作っている家庭もある。そういう人たちにお米券を配っても、「使い道がない」という苦情が出るだけだ。
これを避けるため、使途自由な現金や、誰にでも恩恵がある別の形を選ぶ自治体が出てくるだろう。
第三に、既存施策との重複
すでに独自の給付金や商品券事業を行っている自治体も多い。そういう自治体にとって、今回のお米券は重複でしかない。わざわざ新しい事務負担を抱え込む理由がない。
つまり、農水省がいくら「お米券を使ってください」と言っても、自治体が「いや、うちは別の方法でやります」と判断する可能性が高いのだ。
そうなると、お米券政策は絵に描いた餅に終わる。国は予算を計上したが、実際には使われない。そんな事態も十分あり得る。
本当に困っている人に届くのか
さらに、もっとも重要な問いを投げかけたい。
このお米券は、本当に困っている人に届くのだろうか。
自治体によって配布対象が異なり、高齢者、子育て世帯、非課税世帯など、ばらばらだ。統一的な基準がないため、自治体によっては「対象外」となる世帯も出てくる。
物価高で苦しんでいるのは、特定の世帯だけではない。全世帯が影響を受けている。それなのに、支援の対象を絞り込むのは、公平性の観点から問題がある。
しかも、前述の通り、お米券を選ばない自治体も出てくる可能性が高い。住んでいる場所によって支援の有無や内容が大きく変わるというのは、国の経済対策としていかがなものか。
政策の「看板」を正直に掛け直すべき
結局のところ、このお米券政策は何がしたいのか、よくわからない。
米価対策なのか、食料品全般の支援なのか、それとも既存組織への利益誘導なのか。
「お米券でパスタも買えます」という発言は、図らずも政策の本質を暴露してしまった。これは米価対策ではない。看板を掛け替えるべき時期に来ている。
いっそのこと正直に「全米販支援策」とでも名付けたらどうだろうか。少なくとも、国民を欺くようなことにはならない。
農政の既得権益構造を温存するために、消費者支援という名目を利用する。そんな構図が透けて見える政策は、もうやめにしてほしい。
本当に消費者を支援したいなら、効率的で公平な給付方法を考えるべきだ。デジタル技術を活用し、事務コストを削減し、すべての国民に等しく支援が届く仕組みを作る。それが令和の時代の政策というものではないだろうか。


