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京都駅前の高層化は必要か

2026年5月10日の毎日新聞朝刊「余録」は、JR京都駅前の高さ規制緩和を取り上げていました。京都タワーがかつて景観論争を呼んだことに触れながら、京都駅前で進む再開発と、その先に検討されている高さ規制の緩和について書かれた内容でした。

京都駅前では、京都中央郵便局と京都駅ビル西第2駐車場の敷地を一体的に再整備する「京都プロジェクト(仮称)」が進んでいます。地上14階、延べ面積約11.9万㎡、高さ約60mの複合ビルとして計画され、京都市の環境影響評価書も2025年7月に提出されています。一方で、京都駅周辺の高さ制限は現在31mです。この計画を実現するには、都市再生特別地区などを使って31m規制を超える建物を認める手続きが必要となります。

さらに京都市の有識者会議は、2026年3月に駅前広場周辺を60m、その周囲を45mまで緩和することが妥当とする意見書をまとめ、4月に市長に提出しました。実際の規制緩和には今後、都市計画の見直しと都市計画審議会での審議が必要です。

つまり、議論の対象は、京都中央郵便局の建替え計画という具体的な高層化プロジェクトと、京都駅前全体の高さ規制緩和という二つの層に分かれています。

再開発の理由として挙げられているのは、オフィス不足の解消、歩行者空間の改善、交通結節機能の強化、若年層流出への対応などです。

どれも、京都市にとって無視できない課題だと思います。京都駅前は新幹線、JR在来線、地下鉄、近鉄、バス、タクシーが集中する京都最大の交通結節点であり、国内外から訪れる人にとっての玄関口でもあります。老朽化した建物を更新し、歩きやすい空間をつくり、都市機能を高めること自体は、当然検討されてよいはずです。

京都駅前の再開発と高層化は同じではありません

ただ、気になるのは、これらの問題を解決する手段が本当に高層化でなければならないのか、ということです。

再開発が必要であることと、高層化が必要であることは同じではないと思うのです。駅前を使いやすくすることと、空を狭くすることは別の問題です。老朽ビルの更新が必要だからといって、なぜ直ちに31mの高さ制限を45m、60mへ緩める話になるのでしょうか。

とりわけ気になるのは、「オフィス不足」という説明です。

京都駅周辺に大規模で新しいオフィスが少ないという指摘には、一定の根拠があると思います。大学のまちである京都に人材がいるにもかかわらず、卒業後に働く場所が少なく、若者が市外へ流出しているという問題意識も理解できます。

ただ、新しいオフィスビルを建てることが、そのまま京都の雇用増につながるのかは、慎重に見る必要があります。

オフィス不足は新しいビルで解決するのでしょうか

新しいビルができれば、本当に新しい需要が生まれるのでしょうか。

企業が京都市外から新たに進出し、雇用が増え、若者の定着につながるのであれば、たしかに政策効果はあるでしょう。しかし、既存の企業が古いビルから新しいビルへ移るだけであれば、駅前に生まれるのは新たな需要ではなく、空室の移動にすぎません。

新しいビルが埋まる一方で、古いビルが空くのであれば、都市全体として本当にプラスと言えるのかは分かりません。

他都市の再開発でも、新築の高機能ビルに需要が集まる一方で、古いビルや条件の悪い物件が取り残されるという現象は珍しくありません。京都駅前でも同じことが起きないと言い切るには、検証が必要です。

新しいオフィスが埋まったとしても、その裏側で古いオフィスの空室が増えるなら、それは都市全体の成長ではなく、空室化と老朽化によって景観の悪化を進めることになるのではないでしょうか。

京都市が本当にオフィス不足を理由にするのであれば、少なくとも、どの程度の需要があり、どの業種が入り、どれほどの雇用が生まれ、既存ビルにどのような影響が出るのかを示す必要があります。単に「駅前にオフィス床が少ない」という説明だけでは、高さ規制を緩める理由としては十分ではありません。

京都駅周辺の高層化計画に反対する会長声明 ー 京都弁護士会

税収増を理由に景観ルールを緩めてよいのでしょうか

もう一つ見逃せないのは、税収増という都市経営上の動機です。

京都市は財政的に余裕のある自治体ではありません。再開発によって建物の評価額が上がれば、固定資産税や都市計画税の増収につながります。民間投資を呼び込み、地価を維持し、税源を確保したいという発想は、行政としては当然あるでしょう。

しかし、税収増を理由に景観ルールを緩め始めれば、次の緩和を止める理屈は弱くなります。

規制緩和は一度認めると、次は「別の主要駅でもよいのではないか。幹線道路沿いはどうか。商業地にも必要ではないか。老朽化した建物の更新が必要なのだから、もっと容積率を使えるようにすべきではないか」。そうした議論が広がっていく可能性は否定できません。

高さ規制は、一度緩めると元に戻すのが難しいものです。景観は、失ってから簡単に元に戻せるものではありません。

京都駅ビルという「例外」を基準にしてよいのでしょうか

京都駅前は、伝統的な町並みが広がる場所ではありません。京都タワーや京都駅ビルがあり、ホテルや商業施設が並ぶ近代的な都市空間です。だからこそ、ここなら高層化してもよい、という意見が出てくるのも分かります。

しかし、京都の景観は、寺社の屋根や古い街並みだけで成り立っているわけではありません。

空の広さ、山並みの見え方、通りの抜け、ランドマークの余白、歴史的建造物との距離感まで含めて、都市の記憶を形づくっています。京都タワーや京都駅ビルは、すでに存在する大きな例外です。問題は、その例外を「すでに高いものがあるから、周辺も高くしてよい」という根拠に変えてしまうことです。

京都駅ビルの高さが約60mだから、周辺も60mでよいという発想は、慎重に扱うべきです。駅ビルがかつて景観論争を呼んだ建物であるなら、それは周辺高層化の免罪符ではなく、むしろ今後の判断を慎重にするための歴史であるはずです。

京都中央郵便局の建替え計画も、同じ視点で見る必要があります。既存の京都駅ビルが60mだから、その隣の郵便局も60mでよい、という発想で都市再生特別地区を適用するのであれば、それは新景観政策の31m規制を、個別の事業ごとに上書きしていくことにつながりかねません。

高さ規制を緩める前に、見せるべき未来図があります

京都駅前の歩行者空間を広げること。バスやタクシーの動線を整理すること。老朽化した建物を更新すること。防災機能を高めること。市民や来訪者が使いやすい広場や通路を整備すること。こうした取り組みは必要です。

ただ、それらを実現する方法は、高層化だけではないはずです。

31mを基本にした再整備は本当に不可能なのでしょうか。45mまでの限定的な緩和では足りないのでしょうか。高さではなく、用途制限、公開空地、防災機能、交通施設、文化機能などの公共貢献を条件にする方法はないのでしょうか。

京都駅前を整備するうえで、老朽化した建物を更新し、歩行者空間を広げ、交通結節機能を高めることは必要でしょう。

高層化は、いったん認めれば元に戻すことが難しい選択です。だからこそ、31m、45m、60mそれぞれの場合に、景観、交通、防災、オフィス需要、既存ビルへの影響がどう変わるのかを、市民に分かる形で示す必要があります。

京都駅前に本当に必要なのは、オフィスなのでしょうか。高さ規制を緩める根拠なのでしょうか。それとも、市民が納得できるだけの議論なのでしょうか。

高層化を進める前に、見せるべき未来図があるはずです。

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