25年流れ続けた血水――枕崎・かつお節工場の排水問題
南日本新聞の報道によれば、枕崎市立神地区を流れる馬追川と支流の牧園川では、一部のかつお節業者が工場排水を下水道に接続せず川に流しており、住民は長年にわたり悪臭に悩まされている。川は赤く濁り、側溝からは血を薄めたような色の液体が流れ込む。カツオを煮込んだ後のゆで汁が、ラーメンのスープのように白く濁った状態で排出されることもあるという。
業者は「経営が厳しく対応できていなかった」と説明し、市は独自の罰則規定を「地場産業との兼ね合い」として見送ってきた。一方で、住民の苦情は何十年も続き、市議会では浄化を求める請願や陳情がたびたび採択されている。
ここでは、いま何が起きていて、誰がどこまでの責任を負うべきなのかを順を追って考えてみたい。
25年以上、川に流され続ける血水
合流地点の生物化学的酸素要求量(BOD)は1リットル当たり230ミリグラム。これは市条例で定める保全目標値の23倍にあたる数値である。
問題になっている業者は2社。1社は下水道接続区域内にありながら未接続、もう1社は区域外で排水処理設備を設置していない。
- 下水道接続区域の供用開始は2011年度
- 市の環境保護条例の施行は1999年度
つまり、両社は市条例の施行から25年以上にわたり、未処理の排水を川に流し続けていることになる。やってはいけないことを四半世紀も続けてきたのだから、批判を受けるのは当然と言うほかない。
「経営が苦しい」は免罪符にならない――公平性の崩壊
業者2社はいずれも取材に対し「経営が厳しく対応できていなかった」と説明している。だが、この理屈をそのまま受け入れていいのだろうか。
枕崎市議会の資料によれば、下水道区域内のかつお節加工場38工場のうち36工場(94.7%)はすでに下水道に接続済みである。未接続は1社2工場だけだ。
大多数の業者は、自らの負担で排水設備を整え、毎月の下水道料金を払い続けている。資材価格高騰や人手不足という事情は、すべての事業者に共通の条件である。それでも対応してきた。
そうした業者の目に、「経営が厳しいから」という理由で四半世紀放置してきた2社の存在はどう映るのか。
ルールを守ってきた側が損をする構造が、ここに見えてくる。これは産業政策としても破綻している。対応を先送りしてきた事業者の負荷を地域住民と河川が肩代わりする――こんな仕組みを、行政が25年にわたり追認してきたのだ。
自治体の責任――"指導"を25年続けた結果
枕崎市は、独自の罰則規定の整備を「地場産業との兼ね合いを踏まえた総合的な判断」として見送る方針を示している。その代わりに、市は毎年、業者のもとに直接出向いて下水道への早期接続を指導してきたという。
しかし、25年指導して動かないものを、26年目の指導で動くのだろうか。
国の水質汚濁防止法では、生活環境項目の一般排水基準は「1日当たり平均排出水量50立方メートル以上」の事業場を対象としている。問題の2社はこれを下回るため、同法による直接の規制を受けない立場にある。
だが、これは自治体が「何もできない」ことの理由にはならない。
枕崎市民の環境を守る条例では、水産物加工施設等の事業場について、施設整備や汚水処理について適切な措置を講じる義務が定められ、市長は必要な措置を勧告できると規定されている。 また枕崎市自身、汚水・悪臭等を発生させる施設について市長への届出が必要だと案内している。
下水道接続そのものについても、枕崎市は供用開始区域では下水道法第10条により接続が義務づけられるとしている。
つまり、自治体に残されている手段はまだあるのだ。
- 改善計画書の提出を求める
- 期限を切った勧告を出す
- 不履行の場合に事業者名を公表する
- 県に対し、馬追川水系を対象とする上乗せ排水基準の設定を要望する
- 下水道供用区域の見直し・拡張を検討する
- 健康影響調査を実施し、結果を公表する
住民の声は、何十年も"記録"されただけだった
新聞記事の中で、近隣で農業を営む80代男性は「作業をしていて本当にきつい。何十年もこんな状態が続いている」と語っている。これは一人の声ではない。市議会には罰則規定を求める請願や馬追川浄化対策を求める陳情が繰り返し提出され、そのたびに採択されてきた。
にもかかわらず、市の対応は毎年の「お願い訪問」から動かない。
これは制度の不備ではなく、運用の選択である。議会で採択された住民の意思は、間接民主主義における最も正規のルートを通った意思表示だ。それが、行政の現場では「お願い」になっているのだ。
採択された請願が動かないとき、住民が「自分たちの声は聞かれていない」と感じるのは当然だ。
令和7年第4回定例会でも、馬追川水系の水質浄化に関する陳情は採択された。だが委員会の審査は形式的だった。ある議員が直近年度の水質結果を審査していないことを問いただしても、委員長側は「別段審査しておりません」、側溝の硫化水素発生についても「そういう調査はしておりません」と答えるにとどまっている。
硫化水素は濃度によっては生命に関わる。悪臭・血水・赤濁・泡・長年の苦情があるのに、健康被害の有無さえ調べていない。これは行政の怠慢を超えて、住民の安全に関わる問題である。
専門家コメントへの違和感――汚染者負担原則はどこへ
南日本新聞の記事には、NPO法人バイオエコ技術研究所の稲森悠平理事長のコメントが付されている。要旨は、規制強化と同時に、業者が排水処理に投資できるよう行政の後押しを求めたい、というものだ。
このコメントには大切な視点が抜け落ちているのではないか。
環境政策には汚染者負担の原則(PPP, Polluter-Pays Principle)という基礎的な考え方がある。環境再生保全機構は、環境汚染防止のコストは汚染者が支払うべきだと明確に解説している。
この原則に照らせば、25年間ルールを守ってこなかった事業者への無条件の支援は筋が通らない。きちんと負担してきた36の業者との公平性も成立しない。
補助や支援が問題なのではない。無条件が問題なのだ。
「地場産業だから」という言葉だけで、コンプライアンス違反状態を温存する支援を組むのなら、それは産業政策ではなく延命措置である。
"癒着"とまでは言えない――しかし
住民の中には「業者と市の癒着があるのでは」という疑念を抱く人もいるだろう。25年動かないという事実は、それだけで信頼を失うものだ。
ただ、現時点の公開情報の範囲では、癒着を直接示す材料は見当たらない。
一方で、構造的な背景はある。枕崎市はかつお節製造で全国生産量の約5割を占める日本一の産地だと自ら位置づけており、水産加工業は地域経済の屋台骨だ。基幹産業への配慮が過剰になり、行政対応が"お願いベース"にとどまり続ける。これは枕崎特有ではなく、地方都市が共通して抱える構造的弱点である。
だからこそ、この問題は枕崎一市の問題ではない。「地場産業に依存する自治体は、住民の生活環境とどう向き合うのか」という、全国の地方都市が等しく抱える問いなのだ。
自治体が守るべきは誰なのか
自治体が守るべきは、地場産業の"看板"ではない。その産業を支えてきたルールと、そのルールを信じて生活してきた住民である。
議会で何度採択されても動かない請願。 何十年積み上がっても答えのない苦情。 健康影響さえ調べられない側溝の悪臭。
これらが意味するのは、自治体が誰の側に立っているのかが、住民から見えなくなっているということだ。
守るべき相手を見失った行政は、地場産業の評判を、住民の信頼を、静かに損なっているだけである。
かつお節は、鹿児島が、日本が誇る産業だ。だからこそ、その産業は住民とともに守られるべきものであり、ルールを軽んじることが許されてよいはずがない。
問われているのは、2社ではない。25年間、住民の声を"記録"だけして応えなかった自治体そのものである。


