SHARE:

選択的夫婦別姓——答申から30年、なぜ「通称使用」では解決しないのか

はじめに

1996年2月、法制審議会が「選択的夫婦別姓制度の導入」を答申してから、まもなく30年。この間、国連から4度の勧告を受け、最高裁は繰り返し「国会で判断せよ」と促してきました。それでも法改正は実現していません。

与党・自民党は代替案として「旧姓の通称使用拡大」を掲げています。しかし「通称使用」で本当に問題は解決するのでしょうか。


法制審議会の答申とは

専門家が5年かけて出した結論

法制審議会は、法務大臣の諮問に応じて法改正等を審議する機関です。1991年から約5年の審議を経て、1996年2月26日に出された答申の内容は以下の通りでした。

「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫若しくは妻の氏を称し、又は各自の婚姻前の氏を称するものとする」

法制審議会答申(1996年):法務省「民法の一部を改正する法律案要綱」

同姓を選びたい夫婦は従来通り同姓に、別姓を望む夫婦には別姓を認める——シンプルな「選択制」の提案でした。

異例の30年間「棚上げ」

答申後も「反対論・慎重論が根強く、法案として国会提出に至らなかった」とされています。2010年にも改正法案が準備されましたが、やはり国会提出には至りませんでした。

法制審議会の答申が出ながら国会審議にすら入らないのは、極めて異例です。

衆院法務委員長の西村智奈美氏も「30年も審議入りがないのは異例」と指摘しています。専門家が5年かけて出した結論が30年近く棚上げされている——法治国家として正常な状態でしょうか。


「通称使用の拡大」は解決策になるか

政府の主張

自民党は「旧姓の通称使用を拡大する」ことで対応可能としています。2024年10月の国連審査でも、日本政府は「旧姓の使用拡大に努めてきた」と説明しました。

しかし法律の専門家たちは、通称使用には本質的な限界があると指摘しています。

通称使用の5つの問題点

第一東京弁護士会は2024年10月の会長声明で以下の問題点を挙げています。

問題1:法的効力がない

通称姓は法律上の姓ではないため、以下の場面では使えないことがあります。

  • 論文等での研究成果の発表
  • 公的職務への就任
  • 不動産等の各種登記
  • 金融機関での手続き
  • 契約書の作成

問題2:ダブルネームの弊害

本人確認の場面で、法律上の氏名と通称氏名が同一人物であることの証明を求められ、手続きがむしろ煩雑になるケースが増えています。

問題3:プライバシーの問題

通称使用の届出等により、婚姻や離婚の有無を他者に知られてしまう問題があります。

問題4:デジタル化との矛盾

戸籍上の氏名による本人確認が強化される中、マイナンバーカードの普及により通称使用の弊害はむしろ拡大が見込まれます。

問題5:「通称の法制化」がもたらす矛盾

「通称使用」を法制化すれば、戸籍上の氏名とは別に「法的に認められた名前」を持つことになります。事実上の「ダブルネーム制度」を国が公認することになるのです。

選択的夫婦別姓反対派は「戸籍制度を守るべき」と主張します。しかし「通称使用の法制化」こそ、一人に複数の公的な姓を認めることになり、戸籍制度の原則を揺るがしかねません。

選択的夫婦別姓は夫婦それぞれが「ひとつの姓」を名乗る制度。通称使用の法制化は一人が「複数の姓」を使い分ける制度です。どちらが戸籍制度の趣旨に沿っているか——答えは明らかでしょう。

最高裁判事も指摘した「大きな欠陥」

2015年最高裁判決で木内道祥裁判官は反対意見で次のように指摘しています。

「法制化されない通称は、通称を許容するか否かが相手方の判断によるしかなく、氏を改めた者にとって、いちいち相手方の対応を確認する必要があり、個人の呼称の制度として大きな欠陥がある

🔗 平成26年(オ)第1023号 損害賠償請求事件(PDF)

「通称を使っていいですか?」と毎回確認が必要な制度は、根本的な解決策にはなり得ません。


国連から4度の勧告

繰り返される指摘

国連女性差別撤廃委員会は、日本政府に対し以下の勧告を重ねてきました。

内容
2003年選択的夫婦別姓の実現を勧告(1回目)
2009年同上(2回目)
2016年同上(3回目)+2年以内の報告要請
2024年「民法750条の改正に全く進展が見られない」と厳しく指摘(4回目)

20年以上、同じ勧告が繰り返されています。

条約締約国としての責任

日弁連は2024年の会長談話で以下のように批判しています。

「日本政府が、委員会の度重なる勧告にもかかわらず、長年にわたって選択的夫婦別姓の実現に向けた措置を採っていないことは条約の締約国として到底許されるものではない

🔗 女性差別撤廃委員会による勧告を受けて、選択的夫婦別姓制度の速やかな導入を求める会長談話

女性差別撤廃条約の締約国でありながら勧告を無視し続ける姿勢は、国際社会における日本の信頼性にも関わります。


最高裁は「国会で決めよ」と言っている

「合憲」の意味を正しく理解する

2015年と2021年の最高裁判決・決定は、現行の夫婦同姓制度を「合憲」と判断しました。これを「現状維持でよい」と解釈する向きもありますが、誤解です。

2021年の最高裁決定は明確にこう述べています。

「夫婦の氏についてどのような制度を採るのが立法政策として相当かという問題と、夫婦同氏制を定める現行法の規定が憲法24条に違反して無効であるか否かという憲法適合性の審査の問題とは、次元を異にする
「この種の制度の在り方は、国会で論ぜられ、判断されるべき事柄にほかならない」

🔗 夫婦同姓は「合憲」 最高裁の決定要旨、反対意見も紹介|朝日新聞

最高裁は「違憲とまでは言えないが、制度を変えるかどうかは国会が決めるべきこと」と述べています。司法は立法府にボールを投げているのです。

15人中4人が「違憲」と判断

2021年決定では裁判官15人中4人が違憲と判断。草野耕一裁判官は反対意見でこう述べています。

「選択的夫婦別氏制を導入することによって向上する国民の福利は、同制度を導入することによって減少する国民の福利よりもはるかに大きいことが明白」

最高裁内部でも意見が分かれているこの問題を「合憲判決が出たから現状維持でよい」と片付けるのは、司法の意図を曲解するものです。


「96%が妻の改姓」という現実

形式的平等と実質的不平等

民法750条は夫婦どちらの姓を選んでもよいとしており、形式上は男女平等です。しかし現実には約96%が妻の改姓という著しい偏りが生じています。

2015年最高裁判決の反対意見はこの現実を以下のように分析しています。

「女性の社会的経済的な立場の弱さ、家庭生活における立場の弱さ、種々の事実上の圧力など様々な要因のもたらすところ」であり「その意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用」している

「夫婦の合意で決めればよい」という主張は、この構造的不平等を無視しています。社会的圧力の中で実質的に選択肢がない状況は、真の自由とは言えません。


変わる世論、変わらない政治

最新の世論調査

2025年実施の調査から、国民の意識が明らかになっています。

連合調査(2025年2月、20~59歳対象)

立場割合
選択できる方がよい46.8%
夫婦は同氏がよい26.6%
わからない26.6%

既婚女性では55.3%が「選択できる方がよい」と回答。婚姻経験者ほど制度改正を望む傾向が見られます。

日本財団18歳意識調査(2025年9月、17~19歳対象)

立場全体
同姓維持すべき20.5%
別姓を選べるようにすべき47.6%

18歳では「同姓維持」はわずか2割、女性では1割強。世代が若いほど別姓容認派が多い傾向が明確です。

経済界からも声

2024年には経団連と経済同友会が選択的夫婦別姓制度の早期実現を求める提言を行いました。女性活躍推進や国際競争力の観点から、経済界も制度改正を求めています。もはや「保守vs革新」の図式では捉えられない問題です。


おわりに:30年の「先送り」はいつまで続くのか

1996年の法制審議会答申から約30年。国連から4度の勧告。最高裁が繰り返し「国会で判断せよ」と促す状況。

それでも与党は「通称使用の拡大」という不完全な代替案を掲げ続けています。

「通称使用」は法的効力を持たず、デジタル社会との矛盾を深め、「なぜ一方だけが通称を使わなければならないのか」という根本的な不平等を解消しません。

「選択的夫婦別姓制度の導入に向けて、既に機は熟している」のです。

選択的夫婦別姓は、同姓を望む夫婦には何の影響も与えません。ただ「別姓という選択肢を加える」だけです。

答申を出した専門家も、勧告を出した国際機関も、判断を促した最高裁も——すべてがボールを国会に投げています。

30年の「先送り」は、いつまで続くのでしょうか。

あなたへのおすすめ