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SNSの年齢規制、豪州の失敗と日本に必要なリテラシー教育

昨年12月、オーストラリアで16歳未満のSNSアカウント保有を禁じる世界初の法律が施行された。施行直後、対象となるプラットフォーム各社は約470万件の未成年アカウントを削除し、規制は動き出したかに見えた。だが今年3月、規制当局の初回報告は、被害に関する主要な指標に変化が見られないと認めた。7月に報じられた検証はさらに深刻である。研究チームが年齢を16歳と偽って作成した50件のテストアカウントに対し、対象9社のいずれも年齢の証明を求めなかった。法律があっても、抜け道だらけだったのだ。

では日本はどうか。世界初の規制に踏み切った豪州に比べ、日本は遅れている――そんな見方があるかもしれない。だが問うべきは速さではない。禁止か否かという問いの立て方そのものが、すでに破綻を見せているのではないか。

SNS年齢規制の抜け道 ― 偽申告、VPN、対象外サービス

規制の抜け道は、年齢の偽申告にとどまらない。VPNによる接続元の偽装、家族のアカウントの利用、規制対象外のサービスへの移動。これらを防ごうとすれば、成人を含む全利用者の個人情報収集が強まるという副作用が考えられる。国内に目を移しても、誹謗中傷への対応を大手プラットフォームに義務づける情報流通プラットフォーム対処法が昨年施行されたが、削除の仕組みを整えるだけでは、投稿し、拡散する側の行動は変わらない。規制は必要である。しかし規制だけでは、人の行動を変えることはできない。

SNSの長時間利用は子どもだけの問題ではない

そもそも、これは子どもだけの問題なのか。仕事中に目的もなくSNSを開く。就寝時間を過ぎても画面を閉じられない。思い当たる大人は少なくないはずだ。成人900人を14日間追跡したドイツの研究では、これらの利用の傾向が強い人ほど利用時間が長く、ストレスや生活への支障も大きかった。16歳の壁を越えた瞬間に、利用を管理する力が身に付くわけではない。守るべき対象を年齢で区切ること自体に、無理がある。

必要なのはリテラシー教育 ― 子どもも保護者も大人も

必要なのは、厳しい規制ではなく「付き合い方」の教育である。リテラシー教育は効果が見えにくいと言われるが、中身を具体化すれば実行できる。偽情報の見分け方だけではない。推薦アルゴリズムが視聴履歴の何を手掛かりにしているか。無限スクロールや自動再生が、なぜ「やめ時」を見えなくするのか。利用者の注意を引き付けて収益に変える構造そのものを教えることだ。対象も子どもに限らない。食事中にスマートフォンを手放せない保護者に、子どもを諭す説得力はない。教育の担い手も家庭に押しつけず、学校、自治体、事業者が分担する必要がある。

この点で、こども家庭庁の有識者会議が7月30日に取りまとめた中間報告は注目に値する。技術的な保護とリテラシー向上を対策の柱に据え、無限スクロールなどを子どもの心身に影響を与える可能性のある機能として評価する方針を示した。保護者が利用を管理できる機能の提供を事業者に求め、年齢確認の実効性や義務違反への罰則も検討課題とする一方、年齢による一律禁止には結論を出さず、引き続き議論するとした。年齢制限よりも先に、事業者の設計責任と保護者の関与を具体化し始めた形である。豪州の実例を踏まえれば、これは遅れではなく、慎重ではあるが前進と評価できる。

プラットフォーム規制の役割は環境整備、判断するのは利用者

規制の役割は、教育が機能するための環境整備にある。利用時間の可視化、通知や自動再生を簡単に止められる設定、設計の透明性。それらを事業者に義務づけたうえで、どう使うかを判断するのは利用者自身だ。完全な安全は、ネットにつながないこと以外にない。だが、断てない社会で生きる以上、頼れるのは規制の厳しさではなく、一人ひとりの付き合い方である。日本は、議論の方向性は間違っていない。あとは教育を掛け声で終わらせず、この方向を貫き続けられるかどうかだ。

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