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採算が合わなくても掘る意味──南鳥島レアアースと「経済安保の保険」

2026年1月、日本の最東端に位置する南鳥島の沖合で、世界初となるレアアース泥の試験採掘が始まりました。水深約6,000メートルの深海底から、ハイテク産業に不可欠なレアアースを含む泥を引き揚げるという、前例のない挑戦です。

メディアでは「国産レアアース元年」という言葉が躍り、中国依存からの脱却に期待が集まっています。しかし、専門家の間では「商業化は数十年先」という見方が根強くあります。採算が合わないなら、なぜ今この開発を進めるのでしょうか。

レアアースがないと何が止まるのか

レアアースとは、ネオジムやジスプロシウムなど17種類の希土類元素の総称です。EV(電気自動車)の駆動モーターに使われる高性能磁石、風力発電機のタービン、スマートフォンの振動モーター、半導体の研磨材、LED照明、さらには医療機器や原子炉の制御システムにも使われています。少量で素材の性能を大きく向上させるため、現代の産業基盤を支える不可欠な存在です。

問題は、この重要な素材の供給構造にあります。世界のレアアース採掘量の約7割、そして精製(精錬)量の約9割を中国が占めています。日本は約60%を中国から調達しています(2025年11月時点)。

そして近年、この供給構造のリスクが現実のものになり始めています。中国は2023年以降、ガリウム・ゲルマニウム・黒鉛・アンチモンと輸出管理の対象を段階的に拡大してきました。2025年4月にはレアアース7種の輸出管理を厳格化し、日本でも自動車生産の一時停止を余儀なくされる事態が発生しています。同年10月には中国産レアアースを0.1%以上含む製品について、外国企業にも中国政府の許可を求める規制や、精製・リサイクル技術の輸出許可制度も打ち出されました。

さらに、2025年11月の高市首相による台湾有事に関する発言を契機として、2026年1月には日本に対するレアアース等のサプライチェーン規制が一段と強化されました。

レアアースの供給が途絶するリスクは、「いつか起きるかもしれない」という話ではなく、すでに一部が現実化しているのです。

「海底に眠る宝」の現実

こうした状況の中で注目を集めているのが、南鳥島周辺海域のレアアース泥です。

東京から約1,950キロメートル離れた太平洋上の孤島・南鳥島。そのEEZ(排他的経済水域、約43万平方キロメートル)内の水深約6,000メートルの海底に、ジスプロシウムやネオジムなどの重希土類を高濃度に含む泥が存在することが確認されています。内閣府のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)第2期(2018〜2022年度)の調査で、産業的規模の開発対象となる量が存在することが確かめられました。

技術面での進展も着実にあります。2022年には茨城沖の水深2,470メートルで世界初のレアアース泥の揚泥試験に成功。AUV(自律型無人潜水機)の複数機同時運用や、国際標準規格ISOに準拠した環境モニタリング技術も開発されています。2026年1月からは南鳥島沖の水深6,000メートルでの採鉱システム接続試験が実施され、2027年には1日あたり約350トンの採鉱試験が計画されています。

ここまで聞くと、中国依存の問題はまもなく解決するように思えるかもしれません。しかし、現実はそれほど単純ではありません。

東京大学の岡部徹教授らは、「現在の技術では、低いコストで海底の資源を利用してレアメタルを生産することができない」と述べています。商業利用については「何十年も先を見越して進めるべきもの」としています。水深6,000メートルからの大規模な商業採掘は世界的にも前例がなく、陸上の採掘と比べコストは圧倒的に高くなります。

さらに意外な事実があります。岡部教授らによれば、「レアアースの資源は陸上だけでもほぼ無尽蔵」なのです。つまり、レアアースが足りないのではなく、供給が特定の国に集中しているという構造が問題の本質なのです。

では、その構造はなぜ生まれたのでしょうか。

本当のボトルネックは「精製工場」にある

レアアースの供給問題を理解するうえで最も重要なのは、「採掘」と「精製」は別の工程であるという点です。

レアアースの鉱石には、多くの場合ウランやトリウムなどの放射性物質が含まれています。精製の過程でこれらの放射性元素は濃縮され、大量の放射性廃棄物と重金属を含む産業廃棄物が発生します。この廃棄物を適切に処理するには、厳格な管理体制と多大なコストが必要です。

中国がレアアース精製で約9割のシェアを握っている背景には、環境規制の水準の違いがあります。環境対応のコストが抑えられる条件下で、大規模な精製設備と技術的ノウハウが長年にわたって蓄積されてきた結果が、現在の一極集中構造をつくっています。

日本やその他の先進国が国内に精製施設を設けようとすると、放射性廃棄物の処理基準や排水・土壌汚染への対応など、厳しい環境規制への適合が求められます。技術自体は存在していますが、それを日本国内の規制水準で運用するためのコストが、商業的な採算を大きく圧迫します。

岡部教授らは、「資源量そのものよりも、精製プラントの偏在がレアアース供給のボトルネックとして問題」と指摘しています。海底からレアアースを掘り出せたとしても、それを製品に使える形に精製する工程が中国に集中しているという構造は、採掘場所を変えただけでは解決しないのです。

ただし、南鳥島のレアアース泥には一つ重要な特性があります。陸上の鉱石とは異なり、放射性物質やヒ素などの有害物質をほとんど含まないことが確認されています。これは精製工程での環境負荷を大幅に軽減できる可能性があり、国内精製を現実的に検討できる余地があることを意味しています。とはいえ、レアアースを抜き取ったあとの残土や廃液の処理、大量の化学薬品(塩酸等)の調達と物流コストなど課題はあり、技術の確立はこれからです。

サプライチェーン強靱化に資する未利用レアアース分離精製技術開発(経済産業省、PDF資料)

「保険」としての南鳥島

商業化は数十年先。コスト競争力も当面見込めない。それでもこの開発を進める意味はどこにあるのでしょうか。

その答えは、国産レアアースの開発を「経済安全保障上の保険」として位置づける考え方にあります。

南鳥島のレアアース開発は、コスト面で陸上資源に太刀打ちできません。しかし、この開発の意味は採算性にはありません。「いつでも開発・生産できる状態」を整えておくこと自体に、二つの意味があります。

第一に、有事の自律性です。中国がレアアースの輸出を全面的に停止した場合、あるいは国際情勢の激変で既存の供給ルートが断たれた場合に、自国のEEZ内で採掘・精製できる体制があれば、産業活動の完全な停止を防ぐことができます。

第二に、交渉カードとしての機能です。「自前で調達できる」という選択肢を持っていること自体が、資源外交における立場を強くします。2010年の尖閣諸島をめぐる日中対立の際、中国からのレアアース輸出が滞った経験は、供給を一国に依存することのリスクを日本に強く認識させました。自国内に代替的な供給能力を持つことは、そうした状況の再発を抑止する効果も期待できます。

経済産業省は重要鉱物のサプライチェーン多角化・安定化のために、令和6年度補正予算で922億円(政府保証付借入を含めると1,597億円)を措置しています。ただし、これらは主に海外の上流権益への出資支援であり、国産開発とは別枠です。つまり、政府の対策も「海外調達の多角化」と「国産技術の確保」という二本立てで進めているということです。

何に投資すべきなのか

南鳥島のレアアース開発を「保険」として機能させるためには、何に力を入れるべきでしょうか。

優先すべきは「資源量の宣伝」ではなく、「技術と環境対応の研究開発」です。

具体的には、国産レアアースのサプライチェーン検討や、環境モニタリング体制の確立を着実に進めること。南鳥島のインフラ(港湾施設、航空アクセス、電力・通信)の制約事項を正確に把握すること。そして、国内で精製を行うために不可欠な溶媒抽出や溶融塩電解の環境コストを下げる技術開発に投資することです。

SIP第3期では9つの府省と4つの研究機関で構成された推進委員会(「海洋安全保障プラットフォームの構築」推進委員会)のもと、8つの府省庁連絡会が稼働しており、南鳥島のインフラ整備に関する関係府省庁の協議も進行中です。こうした地道な取組の積み重ねが、保険としての実効性を左右します。

リサイクル技術の高度化も重要です。すでに採掘・精製されたレアアースを製品の廃棄段階で回収し、再利用する国内循環の仕組みを確立できれば、中国への依存度を下げるもう一つの有力な手段になります。

過剰な期待でも、過小評価でもなく

国産レアアースは「夢の国産資源」として報道されることが多く、南鳥島の資源量が強調される傾向があります。しかし、専門家の見解を踏まえれば、これが短期的に中国依存を解消する手段になることは期待できません。

一方で、「採算が合わないなら意味がない」という切り捨ても適切ではありません。経済安全保障の観点では、「いつでも開発・生産できる状態」を維持していること自体に価値があります。

レアアース問題の本質は、資源が足りないことではなく、精製工程の偏在と環境コストの非対称性にあります。この構造的な問題に向き合いながら、技術と環境対応の両面で地道に投資を続けること。それが、南鳥島のレアアースを本当の意味での「保険」にするために必要なことではないでしょうか。

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