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トランプ関税のブーメラン──追い詰められた大統領と、試される日本

「関税は相手国が払うもの」──トランプ大統領はずっとそう言い続けてきた。でも足元が揺らいでいる。自分で投げた関税がブーメランのように返ってくるなか、3月の日米首脳会談でどう出るのか。そして日本は、その圧力をしのげるのだろうか。

「90%」という衝撃

2026年2月12日、ニューヨーク連邦準備銀行がひとつのレポートを出した。

中身はシンプルだけれど、かなり衝撃的だった。トランプ関税のコストの90%は、アメリカの消費者と企業が払っていたのだ。

2025年、平均関税率は2.6%から13%に跳ね上がった。時期別に見ると、1〜8月は94%、9〜10月は92%、11月でも86%を米国民が負担している。「関税は相手国に払わせるもの」という大統領の持論は、連銀のデータであっさり覆されてしまった。

ドイツのキール世界経済研究所にいたっては、96%が米国側の負担だと言っている。

このレポートが出たタイミングが、また絶妙だ。日米首脳会談まであと5週間。トランプ大統領が日本に何を言ってくるか──それを読み解くには、まずこの「90%」という数字の意味を知っておく必要がある。


関税のブーメラン──追い詰められるトランプ

身内からも「ノー」の声

関税政策への逆風が、いよいよ無視できないレベルになっている。

ピュー・リサーチ・センターの調査では、国民の60%が関税政策に不満を持っている。そのうち39%は「かなり不満」だ。ABC News/ワシントン・ポストの共同調査でも、関税対応への支持34%に対して不支持が64%。30ポイントもの大差がついた。

もっと深刻なのは、身内の共和党からも反旗が翻り始めていることだ。共和党員の4人に1人が関税政策に反対。保守派でも30%が異を唱えている。トランプの岩盤支持層である大卒資格のない白人男性でさえ、48%が不支持に回った。

家計への影響も数字で見えてきた。税制財団の試算だと、トランプ関税は2025年に平均的な米国世帯あたり約1,000ドルの負担。2026年には1,300ドルに上がる見込み。1993年以来最大の増税──ただし「関税」という名前がついているから、増税だと気づきにくいだけだ。

2026年1月、トランプ大統領の純支持率はマイナス20ポイント。過去最低を更新した。

「TACO」──尻込みする大統領

こうした向かい風の中で、ちょっとおもしろい現象が起きている。

ブルームバーグが調べたところ、トランプ大統領が2024年11月以降に各国をおどした49件の関税のうち、実際にやりきったのはたった20.4%。「完全撤回」と「まだ手つかず」を合わせると約43%にもなる。

ウォール街ではこれを見て、「TACOトレード」なんて名前の投資手法まで生まれた。「Trump Always Chickens Out(トランプはいつも尻込みする)」の頭文字だ。関税ニュースで株が急落したらすかさず買う、という逆張り戦略である。

実際、2025年末あたりから、食品関税の一部撤回や家具関税の引き上げ延期など、目に見える後退が始まっている。2026年の中間選挙が近づくにつれ、共和党議員たちも「有権者の生活コストへの不満」を無視できなくなってきた。

とはいえ、関税を「引っ込める」のは大統領にとって負けを認めるのと同じ。引けないけど、進んでも痛い。まさに「ブーメラン」だ。自分で投げたものが、全部返ってきている。

だからトランプは、別の場所で「わかりやすい成果」を必要としている。


標的にされた日本

86兆円の「ツケ」

3月19日の日米首脳会談を前に、水面下でくすぶっている問題がある。

2025年7月の関税交渉で日本が約束した5,500億ドル(約86兆円)の対米投資。これがかなり遅れているのだ。米商務長官のラトニックは「年内に第1号案件を決めます」とトランプに報告していたのに、金額が大きすぎて計画が追いつかない。期限は2026年1月末に延び、さらに2月末へ。ずるずると先送りが続いてしまった。

ワシントン側の受け止めはもっとシビアだ。「日本からの投資が凍結されたせいで、軍事基地やLNG、再エネ関連のプロジェクトが全部ストップした」という声まで出ている。

トランプ大統領はどう思っているかというと、「日本がわざと引き延ばしている」と疑っているらしい。

「全面支持」の裏側

2026年2月5日、日本の衆議院選挙のど真ん中で、トランプ大統領が高市早苗首相への「完全かつ全面的な支持」を表明した。他国の選挙にここまで口を出すのは、日米関係でも異例中の異例だ。

ところが、この華やかなジェスチャーの裏側には不穏な空気があった。支持表明の直前、米国側は日本にこう伝えていた──「トランプ大統領は日本の件で激怒している」と。

表で「全面支持」、裏で「激怒」。日経新聞はずばり書いている。「トランプ氏の『全面支持』はタダじゃない」と。

3月19日に出てきそうな要求は、大きく3つ。

  1. 「約束した投資、早くやって」──ガス火力発電、人工ダイヤモンド、港湾の第1弾3案件を前倒しで
  2. 「防衛費、もっと出せないの?」──GDP比2%を超える上積みの可能性
  3. 「日本の市場、もっと開いてよ」──自動車の非関税障壁撤廃や対米輸出の数量規制

国内で成果を出せていないトランプにとって、日本は格好のターゲットだ。投資の「ツケ」、選挙応援の「恩」、そして対米貿易黒字という「構造問題」──カードがきれいにそろっている。


為替という"クッション"

円安のおかげで助かっている部分

トランプ関税が日本経済にとって即死レベルにならなかった理由のひとつに、為替レートがある。

日本の輸出企業は昔から、為替が動いても現地での売値をあまり変えないスタイルをとっている。専門用語では「市場別価格設定行動(PTM)」と呼ぶ。為替の変動分を自分の利益を削って吸収し、市場シェアを守るやり方だ。日本企業の為替パススルー率は0.4〜0.8で、ほぼ100%転嫁する中国企業とは対照的。要するに、痛みを自分で引き受けてでもお客さんを手放さないのが日本流というわけだ。

内閣府によると、輸出企業の採算レートは1ドル=130.1円。いまの152〜155円水準はこれを大きく上回っていて、計算上は10%の関税を吸収しても黒字が出せる。自動車産業にいたっては採算レートが124.7円だから、もっと余裕がある。

2024年度には上場企業全体で約1兆3,500億円の為替差益が出た。トヨタだけで7,052億円。円安は関税ショックに対する天然の"クッション"として効いていた。

「ホクホク」が呼んだ大騒ぎ

この円安メリットを、ちょっと正直に言いすぎてしまったのが高市首相だ。

2026年1月31日、衆院選中の川崎市での演説。高市首相はこんなことを口にした。「円安でもっと助かっているのが外為特会、これの運用、今ホクホク状態です」

すると為替市場が即座に反応。1ドル=155円台半ばまで円安が進んだ。市場は「首相が円安を容認した」と読んだのだ。

政府はあわてて火消しに走った。片山さつき財務大臣が「教科書に書いてあることを一般論として話しただけ」とフォローし、高市首相自身も翌日Xで「為替変動にも強い経済構造を作りたいという趣旨でした」と釈明に追い込まれた。

でも本当の問題は別のところにある。金融の専門家からは「外為特会の含み益を使うにはドルを売って円に替えなきゃいけない。そうすると円高になる。『ホクホク』って矛盾してますよね」とツッコミが入った。そもそも、いまの日本企業は**「海外で作って、海外で売る」**ビジネスモデルが主流で、円安=輸出企業が儲かるという単純な話ではもうない。

何より痛かったのは、政府と日銀が米国と協調して円安に歯止めをかけようとしていた最中だったこと。首相自らが円売りのきっかけを作ってしまい、対米関係にも微妙な影を落とすことになった。


中堅・中小企業のギリギリライン

大企業という"壁"

トランプ関税に対して、日本の大企業はなかなかすごい対応をした。

自動車大手7社は、2025年4〜9月の半年間で営業利益が約1.5兆円も減った。それでも追加関税分の70%を自社で飲み込んで、アメリカでの値上げを最小限にとどめた。

この「自腹を切る」判断は、日本経済全体にとってはよかった。大企業が壁になったおかげで、中堅・中小企業への打撃は和らいだ。日銀短観を見ても、2025年7月時点で大企業の景況感はむしろ小幅改善していた。

ただ、こんなことがいつまでも続くはずがない。

「あとちょっと」で赤字になる世界

損益分岐点という指標がある。売上がどこまで落ちたら赤字になるかを示す数字で、低いほど体力があるという意味だ。

第一生命経済研究所の分析を見ると、2024年末時点の状況はこうなっている。

企業規模損益分岐点ざっくり言うと
大企業(製造業)53%売上が4割以上減っても黒字をキープできる
自動車・部品47%もっと余裕がある
中堅企業75%売上4分の1減で赤字に
中小企業82%たった2割減で赤字転落

大企業の53%は歴史的にもかなり低い水準で、10%の関税を払ってもまだ余裕がある。でも中堅企業は75%、中小企業にいたっては82%。売上がほんの少し減っただけでアウトだ。

心配なのは、大企業がいつまで"壁"の役割を果たせるかだ。もし大企業が下請けの中堅・中小企業に「値上げは認めない」と言い続けたら、下請け企業の経営は苦しくなる。賃上げが止まり、雇用が伸びず、日本経済全体がじわじわと冷え込んでいく──そんな展開は十分にありえる。

みずほリサーチ&テクノロジーズの試算では、米関税の影響は企業全体の付加価値に対してマイナス0.2%の下押し。数字だけ見ると小さいけれど、この圧力が中堅・中小企業に集中してかかるとなると、話はまったく変わってくる。


3月19日、何が問われるのか

日経新聞がちょっと気になる事実を報じている。3月の日米首脳会談は、日銀の金融政策決定会合の「直後」に開かれる方向で調整中だというのだ。

たまたまかもしれないけれど、意味深ではある。アメリカ側は日本の円安や金利上昇が自国経済に跳ね返ることを気にしている。首脳会談の日程そのものが、日銀の利上げ判断へのさりげない牽制になっている可能性は否定できない。

高市首相の手札は多くない。衆院選の圧勝で政権基盤は安定しているものの、交渉の構図は不利だ。

日本が抱える3つのハンデ:

  • 86兆円の投資約束を果たせていないという「借り」
  • トランプの選挙応援を受けたという「恩義」
  • 対米貿易黒字がずっと続いているという「構造問題」

けれど、3月19日に本当に問われるのは、テーブルの上の駆け引きだけじゃないはずだ。

大企業が関税を吸収し、円安がショックを和らげ、中堅・中小企業がギリギリのラインで踏みとどまっている──このバランスは精巧だけど、もろい。トランプの次の一手で、どこかが崩れないか。

追い詰められた大統領は、わかりやすい成果を欲しがっている。その圧力を受ける日本に問われているのは、外交テクニックだけじゃない。この国の経済そのものが、どれだけの力を蓄えているかという、もっと根っこの部分だ。

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