「身を切る改革」の正体 ― 大阪が予告する民主主義の空洞化
自民党は12月3日、衆議院議員定数の1割削減案を事実上了承した。会合後には「積極的にやりたい人はどこにもいない」という党幹部の本音が漏れ、岩屋毅前外相は「拙速で乱暴なやり方だ」と批判した。それでも自民党がこの法案を飲んだのは、日本維新の会との亀裂を避けるためだ。高市内閣の高支持率を背景に、維新が掲げる「身を切る改革」が現実のものとなりつつある。
しかし、この「改革」は本当に改革なのだろうか。大阪での先行事例を検証すると、民主主義の空洞化という暗い未来が見えてくる。
削られるのは誰の「身」なのか
今回の法案では衆議院議員定数465を約10%削減し、420程度とすることを目標としている。1年以内に結論が出ない場合は、自動的に小選挙区25、比例代表20を削減する「問答無用条項」が盛り込まれている。
議員1人あたりのコストを約2.5億円と仮定すると、45議席の削減による年間削減額は約110億円。国家予算約140兆円と比較すると、わずか0.008%に過ぎない。一方で、現行定数のまま議員報酬を3割カットすれば、年間約150億円の削減となる。維新は「議員報酬3割カット」も公約に掲げているが、今回の合意案には含まれていない。
つまり、削られるのは政治家個人の懐ではなく、議席という「他者」なのである。現職議員は自らの収入を一円も減らすことなく、「改革を断行した」という実績だけを手に入れる。財政効果が国家予算の0.008%という事実を考えれば、この定数削減は経済的合理性よりも政治的メッセージとしての意味合いが強い。しかし、その実態は民意の反映メカニズムを破壊し、特定の政治勢力に有利な構造を作り出すものだ。
大阪が示す暗い前例
定数削減が実際にもたらすもの、その答えは大阪にある。
大阪府議会では、維新主導で極端な定数削減が実施された。2011年の109議席から2023年には79議席まで削減され、6年間で約27%もの議席が失われた。その結果、53選挙区のうち1人区が36選挙区を占め、極端な小選挙区化が進んだ。
2023年の府議選では、この選挙制度の歪みが顕著に表れた。維新は全有権者の26%の得票しか得ていないにもかかわらず、議席の70%(55議席/79議席)を獲得した。得票率と議席率の著しい乖離は、民意の正確な反映という民主主義の根本原則を破壊している。さらに深刻なのは、共産党が2023年選挙で議席ゼロに転落したことだ。議会には多様な意見を代弁する勢力がほとんど存在しなくなった。
大阪市議会でも同様の事態が進行している。2011年の86議席から段階的に削減が進められ、2023年には81議席となった。さらに同年6月には2027年選挙から70議席へと11議席削減する条例が可決された。2023年の市議選では、維新が全有権者の約25%の得票で46議席を獲得し、初めて単独過半数を確保した。
大阪では知事・市長ともに維新公認であり、府議会も市議会も維新が過半数を握る。本来、首長をチェックすべき議会が首長と同じ政党によって支配され、さらに定数削減で議員数が減ったことで、十分な審議や批判的検証が行われにくくなっている。
この「オール与党化」により、IR(カジノ)誘致や万博関連予算など、賛否の分かれる重要案件が「数の力」で拙速に可決される傾向にある。市民の間には異論があっても、それを代弁する議員が議会にいなければ、その声は政策に反映されない。大阪の事例が示しているのは、定数削減が選挙制度の歪みを利用した「議席独占」、そして「少数意見の切り捨て」を構造的に引き起こすということである。維新が得票率26%で議席の70%を占めるという異常事態は、民主主義の形骸化そのものだ。
国政で起きること
小選挙区25議席の削減は、人口減少が進む地方部に直撃する。自民党の試算では20都道府県が削減対象となる。選挙区はさらに広域化し、地方独自の課題が国政に届きにくくなる。議席が減る都道府県では、自民党現職同士が公認を争う「骨肉の争い」が避けられない。
比例代表20議席の削減は、少数政党にとって致命的だ。議席獲得に必要な得票率のハードルが上がり、国民民主党、共産党、れいわ新選組、社民党などが議席を減らす、あるいは獲得できなくなる可能性が高まる。結果として、組織力と資金力のある既存大政党が圧倒的に有利になる。大阪で得票率26%で議席70%を獲得した維新の事例が示すように、定数削減は選挙制度の歪みをさらに増幅させ、少数の得票で多数の議席を獲得する構造を強化する。
国際比較を見ても、日本の議員数は決して多くない。人口10万人あたりの議員数は、英国下院が約1.0人、フランス国民議会が約0.9人であるのに対し、日本の衆議院は約0.4人に過ぎない。これをさらに削減することは、行政監視機能の低下や、国民の多様な意見の反映不足につながるリスクを孕んでいる。
削られるのは民主主義そのもの
「身を切る改革」というスローガンは聞こえが良い。多くの国民は政治家の既得権益に不満を持ち、「政治家が身を削る」という姿勢に好感を持つだろう。しかし、その実態を冷静に見れば、これは改革ではなく、民主主義の空洞化である。
財政効果はわずか0.008%。報酬削減という選択肢は棚上げされ、削られるのは議席という「他者」。大阪府議会では得票率26%で議席70%という異常な議席独占が起き、共産党は議席ゼロに転落した。大阪市議会でも維新が単独過半数を握り、少数意見が排除され、行政監視機能が弱体化し、「維新独裁」と呼ばれる状況が生まれた。
国政でも同じことが起きるだろう。地方の声は届かなくなり、小規模政党は排除され、多様な民意の反映メカニズムは破壊される。そして、選挙制度の歪みを利用して、限られた得票率で圧倒的多数の議席を握る政党が、行政と一体化して権力を独占する構造が固定化される。
高市内閣の支持率は高い。発足時から70%を超え、発足後1ヶ月以上経過しても維持されている。一方で、円安は進行し(11月には1ユーロ=182円台の過去最安値を更新)、経済専門家からは積極財政が物価高を助長するとの批判も出ている。さらに、自民党と維新の双方で政治資金をめぐる問題が報じられている。しかし、支持率の高さが政策の正しさを保証するわけではない。むしろ、この高支持率を背景に、民主主義の根幹を揺るがす変更が「改革」の名の下で進められていることに、私たちは警戒すべきではないだろうか。
削られるのは議員の数ではない。削られるのは、私たち国民の声を国政に届ける回路そのものなのである。大阪で起きた「得票率26%で議席70%」という民意の歪曲が、国政でも再現される危険性を、私たちは直視しなければならない。

