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異論者を排除する組織は、なぜ滅びるのか ― ニデック「墓場」現象が映すもの

カリスマの隣で、消えていった人々

ニデックの会計不正と品質不正が立て続けに明るみに出ました。純利益への影響は1607億円、品質不正は1000件超、不正の起点は2010年代前半 ― 数字を並べれば並べるほど、ある疑問が頭から離れません。この規模の不正が10年以上続いてきた組織で、なぜ誰も止められなかったのかということです。

第三者委員会の報告書には、業績プレッシャー、ガバナンスの形骸化、監査機能の不全といった要因が列挙されています。しかし、これらの要因の背後には、ほとんど語られていない構造が隠れています。異論を述べる者が、組織の中で生存できなかったという構造です。

ニデックの後継者人事の時系列が、それを語っています。2013年、カルソニックカンセイ元社長の呉文精氏が副社長として招かれましたが、2015年に退社。同じ頃に入社した米GE出身の吉本浩之氏は、2018年に社長に就任しましたが、副社長に降格された後、2021年に退社。2020年、日産自動車のナンバー3だった関潤氏を招聘し、2021年にCEOに昇格させましたが、2022年4月にCEOを外れ、9月に退社。シャープから招かれた片山幹雄氏も同様に去っています。

業界では「ニデックの墓場」と呼ばれてきました。永守重信氏は関氏退任時に「外部にいい後継者がいると考えたのは錯覚だった」と語り、創業以来の側近である小部博志氏を後任に据えました。

「外部にいい後継者がいると考えたのは錯覚だった」、この言葉に問題の原因があるのではないか。そう考えるきっかけになったのです。

何が「異論」だったのか

追われた方々は、いずれも経歴と能力を備えた経営者でした。彼らがニデックで何を試みて、何が永守氏の「逆鱗」に触れたのか ― この問いに踏み込むと、逆鱗の正体が見えてきます。

関氏は、長時間労働を前提とする「永守イズム」に違和感を示し、時代に合わせた働き方への転換を模索しました。吉本氏は組織の硬直化に対する改革を試みました。いずれも、現代的な経営判断としてはむしろ標準的な提案です。しかし、ニデックでは、こうした提案を述べた者から順に消えていきました。

そして残ったのは何か。創業期から永守氏と苦楽を共にした小部博志氏、そして永守氏自身が引き上げた岸田光哉氏 ― つまり、永守氏の経営方針に異を唱えなかった人々でした。

第三者委員会の報告書には、もう一つ象徴的な場面が記録されています。業績プレッシャーをかける本社経営幹部に対して、ある幹部が「強いプレッシャーをかけつつ、正しい会計を徹底するのは無理があるのでは」と進言した際、永守氏は「自分ならできる」と答えたとあります。これは応答ではなく、進言を無効化する典型的なパワハラの構造です。そして、こうした応答が公然と通用する組織では、進言する側はやがて口を閉ざすか、組織を去るしか方法はないのです。

岸田社長自身、2025年11月14日の会見で「ニデックには『すぐやる、必ずやる、出来るまでやる』という精神があるが、そこに加えて『必ず正しくやる』という新たな風土、企業倫理を付加していくことが重要」と述べました。これは重大な告白です。従来の社訓には「正しくやる」という要素が含まれていなかったと、社長自身が認めたことになります。

排除は、人事と文書の両面で行われていた

第三者委員会の報告書には、異論者の排除について、衝撃的な記述があります。

子会社幹部が「本社のプレッシャーが不正の原因」と証言したヒアリング議事録から、本社経由でその記述が削除されていたという事実です。本社の執行役員から業績目標達成への強いプレッシャーがかけられていたことを示す記載は、最終化された議事録からは消えていました。異論は人事的に消されるだけでなく、記録としても物理的に消去されていたわけです。

さらに、2011年頃から2020年6月頃まで「特命監査」と呼ばれる制度が運用されていました。永守氏宛ての告発投書などを、限られた経営幹部のみで処理し、内部監査部門にも会計監査人にも共有しない仕組みです。公益通報者保護法は、この組織においては実質的に存在しないものとされていたのかもしれません。告発は届く前に握り潰され、関係者は永守氏の手元で処理されていました。

そして、第三者委員会の報告書はこう記しています。永守氏に経営幹部人事権と報酬決定権が集中していた状態は、第三者委員会が設置される直前の2025年8月まで続いていた、と。不正が10年以上前から続いていた組織で、原因となった権力構造は、外部から手が入る直前まで温存されていました。

「改善」は、誰の手で行われるのか

これだけ広範な不正が認定された後、誰が組織を改革するでしょうか。

ニデックは現在、内部管理体制の整備を進めています。しかし、改革を進めているのは岸田社長 ― つまり、永守氏に引き上げられ、これまで異論を述べた経歴を持たない人物です。社外取締役は、第三者委員会のヒアリングに対して「強いプレッシャーが不正を招いているとの認識はなかった」「違和感を感じなかった」と一様に証言した方々が、依然として在任しています。会計監査人のPwC京都は、合併前から数えて40年の継続監査関係にあり、報告書では「ニデックの役職員に説得しやすい相手と捉えられていた」と評された監査法人です。

つまり、異論者排除のフィルターを通過して残った人々が、自分たち自身を改革するという構造です。これが改革を行える体制と言えるのでしょうか。

そして、これはニデックに固有の問題ではありません。第三者委員会報告書は再発防止策として「企業文化の改革」を提言しています。しかし、その文化を作り上げてきた方々がそのまま残っていて、本質的な変化を起こすことができるのでしょうか。改革とは、結局のところ、異論を述べる者が組織内で生き続けられる土壌を作る、ということに他なりません。風通しの良さも、ボトムアップも、すべてはそこから始まります。研修や規程の整備で代替できるものではないはずです。

この組織風景は、どこかで見たものではないか

ニデック分析を一つの企業のケーススタディとしてとらえるものなのか、それとも、日本社会全体に流れている構造として見ていかなければならないものなのか。

ダイハツの認証不正発覚時に、第三者委員会報告書に書き込まれた現場の声を思い出します。「『何でも相談してくれ』と言われて相談すると、『で?』『なんで失敗したの』と逆に追い込まれる」「できて当たり前の発想が強く、失敗には激しい叱責が見られる」 ― これらは、日本の多くの組織で日常的に観察される風景でもあります。

異論を述べる者を「告げ口」「水を差す」「協調性がない」と評価し、組織から押し出していく装置は、企業、官庁、政党、自治体、業界団体に至るまで、形を変えて作動しているのではないでしょうか。ニデックの「墓場」現象は、その極端な現れの一つに過ぎないのかもしれません。

こうした組織のすべてに、一つの共通点がみられます。問題が発覚したとき、最初に「我々はおかしくなかった」と弁解し、次に「形式的な改善策」を発表し、最後に同じ問題を再発させるという手法です。神戸製鋼は半世紀で25回不正を繰り返し、対策費270億円を投じてなお改善できませんでした。三菱マテリアルは改善策発表から3か月で再発しました。ニデックの今後がこれらと違う結果になるのかは、改革者自身が、かつての異論者と同じ視点をもてるかどうかにかかっています。

冒頭に引いた永守氏の言葉に立ち返ります。「外部にいい後継者がいると考えたのは錯覚だった」 ― より深い錯覚は、異論を述べる者を押し出してきたこと自体が、組織の自己修復能力を奪っていたことに気付かなかった点にあったのではないでしょうか。

ニデックを「特殊な失敗例」として処理し続けるのか、それとも、自分たちが属する組織の中に同じ構造が存在しないかを問い直すのか ― そこに、信用できる組織と、そうでない組織を分ける線が引かれるのだと思います。

参考資料

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