3兆円補正予算は本当に「大丈夫」なのか――赤字国債と予備費依存の危うさ
2026年度補正予算が成立しました。一般会計総額は3兆1,135億円。中東情勢への対応を掲げた予備費が大きな柱となり、財源はすべて赤字国債で賄われます。
政府は、この赤字国債について「市場で売る国債の総額は増やさない」と説明しています。2025年度に発行予定だった赤字国債3兆円分が、税収などの上振れによって発行しなくて済む見込みとなったため、その分と見合う形で2026年度補正の赤字国債を発行しても、市中発行額は増えないという理屈です。
赤字国債を発行しても、市中発行額は増えない。だから問題はない――本当にそう言えるのでしょうか。
ここで混同してはいけないのは、「市場で売る国債の量を増やさないこと」と「国の借金が増えないこと」は、まったく同じ意味ではないという点です。市場に出す国債の量を調整することは、国債市場への影響を抑えるための技術的な対応です。一方で、赤字国債を発行して歳出に充てることは、補正を行わなかった場合と比べれば、財政負担を増やすことになります。
本来であれば、2025年度に発行しなくて済んだ3兆円分の赤字国債は、財政改善の材料になったはずです。ところが、それを2026年度補正の財源として使ってしまえば、借金を減らせる機会を追加歳出で消費したことになります。
つまり、「新たに市場へ売る国債を増やさない」という説明は、国債市場向けの説明としては意味があるかもしれません。しかし、国民から見た財政の実態としては、「本来減らせたはずの借金を、別の歳出に振り替えた」と見るべきではないでしょうか。
PB黒字化は、また遠のいた
今回の補正予算によって、基礎的財政収支、いわゆるプライマリーバランスも悪化します。2026年度当初予算では、一般会計ベースで1.3兆円の黒字になる見通しでした。1998年度以来、28年ぶりの黒字化とされていました。
ところが、補正後は一転して1.7兆円の赤字に転じます。
政府は、今後の財政目標について、単年度のPB黒字化よりも、債務残高の対GDP比を安定的に引き下げることを重視する方針を示しています。
しかし、この説明はかなり慎重に見る必要があります。
債務残高対GDP比は、分母である名目GDPが大きくなれば、数字の上では改善して見えます。けれども、名目GDPは実質的な経済成長だけでなく、物価上昇によっても押し上げられます。現在のように、円安や輸入価格の上昇によって物価高が続いている局面では、名目GDPの拡大がそのまま国民生活の改善を意味するわけではありません。
むしろ、家計の実質所得が伸びず、生活必需品の価格だけが上がっているのであれば、名目GDPを基準にして財政の健全性を語ることには、現実を見えにくくする危険性があります。
政府が「債務残高対GDP比」を重視するというなら、その前提として、物価上昇ではなく実質的な成長によって経済を拡大できるのか、金利上昇による利払い費の増加に耐えられるのか、そして赤字国債に頼らない歳出管理を本当に行うのかを示す必要があります。
そこが曖昧なまま、PB黒字化の後退を「債務残高対GDP比」で説明するのであれば、それは財政規律の新しい基準というより、インフレによって財政悪化を見えにくくする説明に見えてしまいます。
予備費に2.5兆円という危うさ
今回の補正予算で特に気になるのは、歳出の大部分が「中東情勢等対応予備費」として計上されている点です。3兆1,135億円のうち、2兆5,000億円が予備費です。
中東情勢が不安定化し、原油価格やエネルギー供給にリスクがあることは事実です。政府が一定の備えを持つ必要はあります。しかし、予備費は具体的な使途を事前に細かく国会で審議する通常の予算とは違い、実際の使い道が事後的に政府の判断へ委ねられやすい性質のものです。
今回の補正予算の国会審議は、衆参それぞれ1日ずつでした。巨額の赤字国債を発行し、その多くを予備費として政府の裁量に委ねるにもかかわらず、十分な審議が行われたと言えるのでしょうか。
危機対応には機動性が必要です。ですが、赤字国債と予備費を組み合わせた予算編成が常態化すれば、国会による財政チェックは弱まります。新型コロナ以降、予備費はたびたび大規模化してきました。今回もまた、「何が起きるかわからないから、とりあえず大きな財布を用意する」という発想が繰り返されているように見えます。
国民の負担である以上、支出には説明が必要です。将来世代の負担になる赤字国債であれば、なおさらです。
補助金で時間を買う政策は続けられるのか
中東情勢対応の予備費は、実際にはガソリン、灯油、重油、電気・ガス料金などの価格抑制策に使われる可能性が高いと見られます。物価高のなかで、こうした補助金をすぐに否定することはできません。
問題は、それがいつまで続けられるのかです。
ガソリン補助金は、すでに長期化しています。当初は激変緩和のための一時的な措置だったはずが、いまでは物価高対策の定番メニューになっています。政府は価格を抑えることで国民生活への影響を和らげようとしますが、その裏側では巨額の財政支出が続いています。
補助金によって価格を抑えれば、消費者は助かります。しかし、本来であれば価格上昇を通じて働くはずの節約や省エネのインセンティブは弱まります。そのうえ、燃料価格が高騰しているにもかかわらず、政府が赤字国債で価格を抑え続けるなら、財政負担は膨らみ続けることになります。
さらに円安が進めば、輸入価格は上がり、補助金の必要額も増えます。補助金を増やすために赤字国債を発行すれば、財政への不信が強まり、円安や金利上昇を招く可能性もあります。そうなれば、物価高対策としての補助金が、かえって物価高の背景を強めるという皮肉な構図になりかねません。
だからこそ、補助金を続けるのであれば、対象、期限、財源、出口を明確にする必要があります。困っている人を支えることと、赤字国債で価格を抑え続けることは、同じではありません。
食品消費税減税や給付付き税額控除の議論ともつながる
今後、食品消費税の時限的な減税や、給付付き税額控除への移行も論点になります。食品消費税の減税を2年間とし、その後に給付付き税額控除へ移行する案であれば、税率引き下げそのものは時限措置です。しかし、家計支援策そのものは恒常的な制度へ接続することになります。
その場合、2年間の税収減をどう賄うのか。給付付き税額控除の制度をどう設計するのか。その恒久財源をどこに求めるのか。そこまで示されなければ、財政リスクは残ります。
ガソリン補助金、電気・ガス補助、食品消費税減税、給付付き税額控除。ひとつひとつは国民生活を支える政策として説明できます。しかし、それらが積み重なったとき、財源が赤字国債や一時的な税収上振れに頼るのであれば、政策全体としてはかなり危ういものになります。
目の前の負担を軽くする政策が、将来の負担を重くする。財源や制度設計を十分に説明しないまま、「生活支援」という言葉だけを前面に出すなら、それは責任ある政策とは言えません。
問題は3兆円の規模だけではない
今回の補正予算だけを見れば、3兆円という規模だけで日本財政が直ちに破綻するわけではありません。問題は、金額の大きさだけではありません。
円安が進み、輸入物価が上がり、金利上昇も意識される局面で、政府が赤字国債による補正予算を当然のように重ねていくことです。国内では「国債は円建てであり、国内投資家の保有も大きい」と説明されます。しかし、国際的に見れば、財政規律が緩んでいる国の通貨は売られやすく、金利にも上昇圧力がかかります。
市場が警戒するのは、3兆円という単独の規模だけではありません。補助金を続ける。財源が見えにくいまま減税を議論する。予備費を大きく積む。その一方で、恒久財源や出口戦略は見えにくい。こうした政策運営が重なれば、「日本は本当に財政を管理する意思があるのか」という疑念を招きます。
危機は、国債が突然売れなくなるという形だけで現れるわけではありません。円安が進み、輸入物価がさらに上がり、補助金の必要額が増え、財政不安が金利を押し上げる。そうした悪循環に入れば、3兆円という金額以上に、危機感のない財政運営そのものがリスクになります。
「大丈夫」という説明こそ、慎重に見るべきです
政府は「市中発行額は増やさない」と説明しています。しかし、それは市場向けの説明であって、国民に対する財政説明としては十分とは言えません。赤字国債で補正予算を組む以上、財政への負担は残ります。PB黒字化の見通しは消え、予備費は大きく積まれ、補助金依存は続いています。
それでも政府が「大丈夫」と言うのであれば、何が大丈夫なのかを明確にするべきです。
市場で国債を消化できるから大丈夫なのか。債務残高対GDP比がいずれ下がるから大丈夫なのか。税収上振れが続くから大丈夫なのか。あるいは、物価高対策という名目があれば赤字国債に依存しても大丈夫だということなのか。
国民が聞きたいのは、そうした曖昧な安心材料ではありません。今の支出がどれだけ必要で、どれだけ効果があり、いつ終わり、誰が負担するのか。その説明です。
3兆円補正予算の問題は、金額の大きさだけではありません。借金を増やさないように見せる説明、予備費に頼る予算編成、補助金で物価高を抑え込む政策、そして財政規律の目標を曖昧にしていく政治の姿勢です。
本来減らせたはずの借金を減らさず、追加支出に使う。それを「大丈夫」と説明することに、どれだけの説得力があるのでしょうか。
いま必要なのは、安心感を演出する説明ではなく、財政の現実を直視する説明です。物価高対策は必要です。しかし、対症療法を赤字国債で続けるだけでは、日本経済の弱さはむしろ深まります。
今回の補正予算は、単なる3兆円の財源問題ではありません。日本の財政運営が、まだ現実を見ているのか。それとも、見たくない現実を先送りしているのか。その分岐点を示しているように思えます。

