防衛費増税の前に問うべき、日本の安全保障戦略
ようやく決まった増税時期、しかし課題は山積
高市内閣は2025年度中に防衛費を関連経費と合わせてGDP比2%水準に前倒しで引き上げる方針を打ち出した。そして12月4日、自民党は防衛費の財源として想定されている所得増税を2027年1月から実施する方向で調整に入ったことが明らかになった。
財源については、法人税・所得税・たばこ税で1兆円強を確保する計画である。このうち法人税とたばこ税は2026年4月から増税を始めることが決まっていたが、所得税については2023年末、2024年末と2年連続で先送りされてきた。今回ようやく2027年1月実施の方向性が示されたことになる。
注目すべきは、高市首相の方針転換である。2024年9月の総裁選では「防衛増税は今は反対」と明言し、2022年には岸田首相(当時)の防衛増税方針を「理解できない」と現役閣僚として異例の批判をしていた。しかし首相就任後、防衛費のGDP比2%目標を2年前倒しで達成する方針を掲げる中で、さらなる防衛力強化のため財源確保が必要だと判断したとされている。
所得税増税の仕組みは、所得税額に1%を付加する「防衛特別所得税(仮称)」を新設する一方で、復興特別所得税の税率を1%引き下げるというものだ。政府は「差し引きした足元の税率は変わらず、手取り増を目指す高市政権の政策に矛盾しない」と説明している。しかし、復興特別所得税の課税期間が延長されるため、長期的には確実に負担増となる。防衛のための増税は期間を定めない恒久措置になる見通しだ。
さらに注目されるのが、連立を組む日本維新の会との調整である。維新は防衛費のGDP比2%への増額自体には賛成の立場だが、財源については増税ではなく外為特会の活用や行財政改革で確保すべきと主張してきた。12月5日の党内議論では「これまでの主張との整合性をどう考えていくのか」という反対意見がある一方で、「国際情勢が変わってきている」として賛成する意見も出ており、党内で賛否が分かれている。
そして高市政権は、安全保障関連3文書を来年中に前倒しで改定し、GDP比2%超の数値目標を盛り込む方向で検討を進めている。つまり、今回の増税で確保する1兆円強の財源だけでは足りず、さらなる財源確保の議論が必要になるということだ。
量的対抗の非現実性
防衛費増額の背景には、アメリカからの同盟国への防衛費分担圧力がある。安倍政権以降、日本はこの圧力に屈する形で防衛費を激増させてきた。GDP比2%という目標値はNATOの基準を参考にしたものであり、日本独自の安全保障上の必要性から積み上げた数字ではない。
そもそも、なんのために防衛力の増強が必要なのか。日本は自衛権の行使のみが憲法で認められており、集団的自衛権の限定的行使が可能になったとはいえ、その範囲は厳格に制約されている。大規模な防衛力増強は憲法の趣旨に反するのではないか。
政府は「台湾有事」を想定し、中国の軍事的脅威を強調する。しかし、専門家の間では、中国が台湾を軍事力で制圧しようとは考えていないという見解がある。中国にとって台湾は経済的にも深く結びついた重要なパートナーであり、軍事侵攻は莫大なコストがかかる上に国際社会から孤立するリスクが高すぎる。中国は「平和統一政策」の看板を取り下げておらず、軍事演習による威嚇はあくまで台湾の独立を阻止するためのものであって、武力統一が目的ではない。
仮に政府の説明を前提としても、陸上自衛隊の兵力約13万人に対し中国は100万人、艦船は海上自衛隊の139隻に対し中国は690隻、航空兵力は航空自衛隊の370機に対し中国は3,370機、さらに中国は約600発の核弾頭を保有している。この圧倒的な量的格差を前に、軍拡競争で対抗することは非現実的だろう。たとえGDP比2%を達成しても、中国のGDPは日本の約4倍だから、同じ比率で軍事費を支出すれば差は縮まらない。
経済的相互依存という現実
ここで忘れてはならないのが、日中の経済的結びつきである。2024年の日中貿易総額は約44兆円に達し、中国は2002年以降22年連続で日本の最大の輸入相手国となっている。多くの日系企業が中国に生産拠点を持ち、サプライチェーンは深く結びついている。
確かに2023年以降、日中貿易は縮小傾向にあり、政治的緊張が経済関係にも影響を及ぼしている。しかし、地理的な近さ、経済規模、既存の経済関係を考えれば、中国との関係を軍事対立の構図だけで捉えるべきではない。
防衛と外交のバランス
防衛力の整備そのものを否定するわけではない。必要最小限の抑止力は維持すべきだろう。政府・与党内には「増税実施を見送れば、それ自体が日本の防衛力の限界だと周辺国から見られかねない」という声もある。
しかし、量的に対抗不可能な相手に対して、恒久的な増税と更なる財源確保を前提とした防衛費増額を優先することが、本当に日本の安全保障にとって最善の選択なのだろうか。
憲法上、日本に認められているのは自衛権の行使のみである。集団的自衛権の限定的行使が可能になったとはいえ、その範囲は厳格に制約されている。このような制約がある中で、軍事的な量的拡大競争を追求するよりも、経済的相互依存を基盤とした平和的関係の維持、ASEANをはじめとする周辺諸国との多国間協力の強化、そして透明性のある対話チャンネルの構築こそが、現実的な安全保障戦略ではないだろうか。
防衛費増税を実施する前に、私たちは日本がどのような安全保障戦略を目指すのか、その全体像を問い直す必要がある。軍事力だけに頼るのではなく、外交、経済、文化交流など、多層的なアプローチで地域の安定を図る。それこそが、長期的に見て日本の平和と繁栄を守る道ではないだろうか。

