「皇位継承の流れをゆるがせにしてはならない」。この一節を見て、私は最初、日本語の使い方を間違えているのではないかと思った。「揺るがしてはならない」なら分かる。「変更してはならない」をわざわざ難しく言おうとして、妙な言い回しになったのか、と。
ところが、間違っていたのは私の方だった。「ゆるがせ」は「忽せ」と書き、おろそかなさま、いいかげんにしておくさまをいう、別の言葉だ。「ゆるがせにする」で、おろそかにする。「揺るがす」の変わった使い方ではなかったのだ。
『デジタル大辞泉』には「師の教えを忽せにはできない」という例がある。教えを粗末に扱えない、ということだろう。デジタル大辞泉 「忽せ」の意味・読み・例文・類語
しかし、意味を知って元の文章を読むと違和感をおぼえる。「皇位継承の流れをおろそかにしてはならない」。大切に扱うべきだという姿勢は分かる。では、具体的にどうすることが「おろそかにする」に当たるのか。
この一節は、2021年12月に政府の有識者会議がまとめた報告書にある。報告は、天皇陛下、秋篠宮さま、次世代の皇位継承資格者である悠仁さまに言及し、「この皇位継承の流れをゆるがせにしてはならない」と記している。
前後を読むと、制度の安定性を重視し、次世代の継承者がいる中で仕組みを大きく変えることには、十分慎重であるべきだとしている。皇族方が現行制度の下で歩んできた人生も重く受け止め、悠仁さまの次の代以降については、将来の年齢や結婚などの状況を踏まえて議論を深めるべきだという。
「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議
つまり、報告書からは、悠仁さままでの継承の流れを維持する考えが読み取れる。その流れを軽んじてはならない、と受け取れば、辞書の意味ともつながる。少なくとも、報告書のこの表現を「誤用」と断定する根拠はない。
この表現は、皇位継承だけに使われる表現でもない。外務省の外交青書には、1963年の大平正芳外相の演説が収められている。そこでは、世界平和への努力を「ゆるがせにしてはならない」としていた。努力を怠ってはならない、という意味である。
池田総理大臣および大平外務大臣の国会演説|1963年10月18日
皇位継承をめぐるこの一節は、その後も政府の説明に登場する。2025年6月の答弁書では、議論を縛るのではないかとの質問に対し、報告の該当部分を引用して尊重する立場を示した。2026年7月の国会答弁でも、同じ表現を繰り返している。一方、養子となる皇族の子孫の継承順位に関する規定については、将来の検討を縛る趣旨ではないとも説明した。
政府答弁書|2025年6月27日国会会議録|2026年7月10日
ただ、「おろそかにするな」と「変更するな」は同じではない。制度を大切にするからこそ、変えるべきだという考えも成り立つ。「不安定にするな」も、変更の禁止とは別である。安定させるための変更もあり得るからだ。どの変更が安定を損なうのかは、言葉の意味とは別に説明される必要がある。
発信する側の表記にも、気になる例がある。自民党の有村治子議員は、2026年7月18日のXへの投稿で、悠仁さままでの皇位継承順位を「揺るがせにしない」と書いている。「揺」の字が当てられているのだ。有村議員のX投稿(2026年7月18日)
単なる変換ミスかもしれない。しかし、「忽せ」の意味を知っていれば、「揺」の字に違和感を覚えそうなものだ。皇位継承順位を動かしてはならない。その意味で受け止めているからこそ、「揺るがせ」と書いても不自然に感じないのではないか。
こうして読んでいくと、「ゆるがせにしてはならない」という言葉が、辞書だけでは読み解けない含みを帯びているように見える。「おろそかにしない」という姿勢を表しながら、政治の文脈では「今の継承順位を変えない」という方針にも読める。一つの言葉に、辞書の意味と政策上の意味が重なっている。
その言葉を受け取る側には、政府がどこまでの意味を込めているのかが、はっきりしない。皇室に関わる事柄だけに、慎重な言葉を選んでいるのかもしれない。けれど、慎重さと分かりやすさは、両立できないものだろうか。
私は辞書を引き、自分の読み違いを知った。けれど、言葉の意味が分かった後にも、疑問は残った。国民に伝える言葉なら、正しいだけでなく、普通に読んで、何を言おうとしているのかが分かる言葉であってほしい。「ゆるがせ」という一語から、そんなことを考えた。


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