立憲民主党が、中道改革連合、公明党との組織的な合流を見送った。全国の地方組織から慎重論や反対論が相次いだことを受けた判断である。一方で、国会運営や政策、選挙での協力は続けるとしている。
巨大与党に対抗するためであっても、考え方の異なる政党が一つになる必要はない。むしろ、無理に一つになろうとすることで、政策的な輪郭を薄めてしまう。今の中道改革連合の姿そのものだ。
薄れていった立憲の輪郭
立憲民主党は2017年、希望の党への合流をめぐる混乱の中で誕生した。当時、立憲に期待が集まったのは、単なる「反自民」の受け皿だったからではない。立憲主義、人権、多様性、原発、安保法制などについて、何を守り、何に反対する政党なのかが明確だったからだ。
しかし、2020年に旧国民民主党などと合流して以降、党の政策的な幅は大きく広がった。幅広い層を包み込むためには、やむを得ない面もある。ただ、党内の意見をまとめるために従来の主張を薄めれば、支持者には「自民党との違い」が見えにくくなってしまう。
泉健太氏、野田佳彦氏の時代を通じて、立憲は「批判ばかりの野党」と見られることを避けようとしてきた。政府への提案や現実的な政策を重視することは必要だ。だが、現実的であることと、与党との対立軸を失うことは同じではない。
今年1月の中道改革連合の結成で、この問題はさらに鮮明になった。安保法制や原発政策で、旧立憲側は従来の立場を大きく修正した。皇室制度をめぐる議論でも、中道は与党との合意形成を優先する姿勢を見せた。公明との合流によって新しい政策が生まれたというより、立憲の色が薄れ、公明の「現実的中道」に近づいた印象は否めない。旧来の立憲支持者が戸惑ったのは当然である。
だから今回、参院議員と地方組織で存続してきた立憲が、地方の声を聴き、中道への完全合流に踏み込まなかったのだ。合流はしないが、中道や公明と袂を分かつとは言っていない。協力できる政策では協力し、選挙でも必要な連携を続けるとしている。これでよいのではないか。
中道は中道として立てばよい
一方、中道では、公明出身の衆院議員を離脱させ、公明に戻す案が浮上していると報じられている。中道の衆院議員49人のうち、公明出身は28人、立憲出身は21人。過半を占める公明系が引き揚げれば、党は事実上の解体に向かう。「立憲が完全合流しないのなら引き揚げる」という発想だとすれば、「中道」の旗とは何だったのか、という疑問がわく。
中道改革連合は、「中道」という旗に集まった集団だったのではないか。立憲民主党でもなく、公明党でもない。建前であったとしても、その旗を掲げて衆院選を戦ったはずだ。それなら、立憲や公明が合流しなくても、中道は中道として独立すればよい。そうすることで、立ち位置がはっきりする。
公明出身の衆院議員の中には、自民党政権に厳しい姿勢を見せる議員がいる。しかし、党としての判断基準はまだ定まっていないように見える。中道とはどのような政党なのか、議員自身がまだ答えを持てていないのではないか。
重要なのは、「中道」は与党と野党の中間地点ではない、ということである。政府案が妥当なら賛成する。問題があれば反対する。政治とカネ、社会保障、人権、安全保障、エネルギー。それぞれについて自らの判断基準を明確にする。それができれば、自民党とも立憲とも違う中道政党として存在する意味が生まれる。
公明党も同じだ。長年培ってきた福祉や生活者重視の政策を掲げ、独自の政党として行動すればよい。
政党が違うことは弱さではない
立憲は立憲として立つ。中道は中道として立つ。公明は公明として立つ。そして、必要な政策では協力する。
政策の違いを曖昧にして巨大な一党をつくるより、その方が有権者には分かりやすい。何より、「この党は何を守り、何を変えようとしているのか」が見える政治になる。
巨大与党への対抗は、野党が一つの党になることでしか成り立たないものではない。異なる政党がそれぞれの理念を保ちながら、必要な時に協力し、政権を担える選択肢を示すことでも可能である。
その当たり前の姿に戻れるのなら、今回の合流見送りは後退ではない。



